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努力に勝る天才なし

2019-03-26
平成という一時代を多くの記録と記憶で彩ってきた天才打者が、バットを置いた。
2019年3月21日、イチロー選手は試合後の記者会見で28年間の
プロ生活を終え、現役を退くことを表明した。

日米通算4367安打はギネス世界記録。
改めてイチロー選手という人物を振り返りました。

イチロー選手が徹底している5つのこと。
「いま、小さなことを多く積み重ねることが、とんでもないところへ行く
ただひとつの道なんだなというふうに感じています」
これはイチロー選手が、メジャーリーグの年間安打数の記録を破ったときのコメントです。
さまざまな記録を叩き出している非凡な選手に見えるイチロー選手も生まれついての天才ではなく、
小さなことを積み重ねた末に高みまで辿り着いたのです。この言葉は、ひとつひとつは小さなことでも、
継続することが結果を生み出すという普遍的なことを教えてくれます。

1.努力とは、意欲ではなく習慣の問題である
とんでもない結果を出す人は、人とは違う努力をしていたり、生まれつき特殊な才能を
持っているものだと考えがちです。イチロー選手が過去に残してきた成績は特別なものですが、
彼が行なってきた努力の内容は少しも特別なものではありませんでした。
イチロー選手を偉大なメジャーリーガーに仕立て上げた秘密は、自分がやると決めたことは
何があってもやり遂げるという、長期間にわたって習慣として持続させる継続力。
一流と呼ばれる人々は、当たり前のことを当たり前に行なう習慣をもっているのです。
調子のいいときや、やる気のあるときなら誰でも努力はできます。
肝心なのは、やる気があろうがなかろうが、やるべきことをいつも通りこなせるかどうかです。

2.苦痛を習慣化し「地味な努力の天才」を目指す。
「やりたいこと」と「やるべきこと」。人間には必ず両方が存在します。
多くの人は「やりたいこと」の方に軍配を上げてしまいます。
なぜなら「やるべきこと」とはたいていの場合、苦痛をともなう作業であるからです。
イチロー選手が長けていたのは、子どものときから「苦痛の習慣」を自分に義務づける意思力があったこと。
プロ野球選手になろうという自覚が芽生えはじめた小学3、4年生のころ、
お父様に連れられてバッティングセンターに通っていたといいます。
マンガを読んだりゲームをしたりという子どもらしい快楽の習慣を抑制し、
バットの素振りやマシンでの打ち込みなど苦痛をともなう作業をルーティンワークとして
自分に課すことができた彼は、「努力する天才」だったのです。

3.簡単なことほど奥が深く、単純なことほど難しい
相手を変えることは難しいですが、自分を変えることならすぐにできます。
それは仕事もそう。自分に合う仕事がないかと考えるのではなく、
目の前にある仕事に合わせて自分を変えられるかどうかを考えることが大切です。
ホームランを打つのは確かにすごいことですが、それよりもコンスタントにヒットを
打ち続けるほうがはるかに難しい。ひとつひとつのヒットを大事にし、
コツコツ積み重ねていくことが最終的にチームを勝利に導きます。
雑用は雑に扱うことで雑用になり、ていねいに扱えばそれは「仕事」になるのです。

4.新しいことよりも、いままでやってきたことを変わらずやり続ける
現代は情報社会。情報量の増大とともに選択の幅も広がり、
ひとつの分野に愚直に打ち込む行為を低く見て、
マルチで多彩な才能を必要以上に持ち上げる風潮があります。
しかし、選択肢が多いということは迷いも多いということ。
あれこれ目移りしてしまうことで、どれも自分のものにできない結果を招いてしまうこともあります。
いろんなことが70点どまりの人と、あるひとつのスキルに関しては100点の人、
社会が評価するのはどちらの人でしょうか?
残念ながら社会が評価するのは、あなたのいちばんの才能であって、
2番目以下の才能などほとんど評価の対象にはならないのです。
新しいものごとに次々と飛びつくのではなく、
自分が努力し続けられるひとつのことを深く掘り進むことで、
それがいずれ自分の天職となるのです。

5.将来の夢を語るひまがあったら、黙っていまやるべきことに集中する
「がんばる」「一生懸命」。日本人はこういった精神を美しいと感じるメンタリティを持っているようです。
もちろんがんばることが悪いわけではありませんが、プロの言葉ではないのです。
プロにとって「がんばる」とか「一生懸命やる」のは当たりまえのことで、
わざわざ表明するようなことではないのです。
プロ意識とはこういうものでがんばらなくても結果を出せる人と、
がんばっても結果が出ない人。プロの世界で評価されるのは前者なのです。

「がんばる」が口癖になっている人ほど、やればすぐにでもできることを先送りして、
「いま」始めようとはしません。
私自身も頑張るという言葉を封印して、今を全力投球していきたいと思います。
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面接官の心を動かすもの

2019-03-19
3月に入り、今年も新卒の採用説明会が開催される時期になった。
当時の自分の事を思い出すにつけ「若かったなあ」としみじみ思う。
面接は志望動機や自己PRがメインパートになるわけだが、
面接官からすれば、マニュアル通りの見え透いた回答や
「え?なんでそう思うの?」と思わず言いいたくなる根拠のない自信など、
かなり痛々しい発言をしていたに違いない。
今なら少しはマシな受け答えが出来そうな気もするが、
初対面の相手に、自分の事をわかりやすく、
かつ関心を持ってもらう様に伝えるというのは中々に難しいもの。
これは中途採用の面接でも一緒だ。

よく、中途採用はスキルの即戦力性が高いかどうかが重要だと言われるが、
それは基本的に大前提の条件。むしろ、ベースの経験が合致していないのに
面接に呼ばれているならば、逆にその採用背景を精査しないと転職失敗のリスクがある。
だから、書類をパスしている時点でスキルスクリーニングは7割終了していると見ていい。

では何が面接において重きを置かれる要素かというと、
身も蓋もない表現だが「人としてどんな感じだろう?」という部分なのだと思う。
人間力と言っても良いが、結論「一緒に働きたいと思うかどうか」という事だ。
もちろん、これは年齢によって求められるレベル感は違うし、
職種によってもその評価配分は異なってくる。
しかし、共通して大事なことは、身につけたスキルを披露するのではなく、
そのスキルを獲得するに至った他者との関わり方、その時の自分の思考などを
臨場感もって語る事が出来るかどうかという事なのだろうと思う。
つまり、中途採用で重視されるのは結果ではなく、
その過程における他者との関係性の濃淡にあるという事だ。

通常、内定まで面接は3回ほど実施されると思うが、そのどれも一発勝負である。
そして相手も人間であり、調子の良い悪いもあるだろうし、好みだって存在する。
その意味では、必勝法は存在せず、ご縁やタイミングの要素が大きいのも事実。
しかしながら、人事でも経理でも営業でも開発でも、皆スタートはビギナーであり、
体験を経験に紡ぎながら少しずつエキスパートになってきた。
それはデジタルではなく、アナログそのものであり、過去があって今がある。
だからこそ、その過程におけるそれぞれの成長のストーリーは、
全てのビジネスパーソン共通の原体験として相手に刺さる。
面接官の気持ちを動かすものは、そういう極めて人間臭い所に存在するとつくづく思うのだ。

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整体

2019-03-11
最近、整体に通い始めた。
肩こりがひどかったことと、体の歪みを感じたことが事の発端である。
スポーツ仲間の紹介で行ったのだが、予想以上に大きな効果があった。

そこのお店は『整体とは本来、正常な状態へ体を整えることです。』という考えで、
押したり、揉んだりというのがあるわけではない。
あくまでも本来の位置に戻すということを前提としている。

体の歪みが若干とれたように感じ、間違いなく重心が矯正され、
「立っていること自体が気持ち良い」という状態になった。
体の芯から活力がわいてくるような感じがした。
年齢に伴って、メンテナンスの重要さを強く感じた。

たまたま体の重心を治すという話であったが、
仕事でも、忙しい日常の中で原点やバランス感覚を見失いそうになったことが
ないという人は、少ないのではないだろうか。

ビジネスで超一流と言われる人の中には、
休日に、仕事の原点となった場所を訪れ、振り返ることを習慣にしている人がいるという。
最初に勤めた会社のビルだったり、創業の地であったり。
いわゆる成功者の中には、特定の場所に行かなくても、
仕事の原点となった物や、初心を振り返るための言葉をいつも傍らに置いている人も多い。
頑張ってもうまくいかない、というときには、体のメンテナンスを念入りに行ったり、
自身のビジネス原点を振り返ってみるのもよいかもしれない。
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「働き方改革と意識改革」

2019-03-04
先日、いつも通っているスポーツジムのトレーナーと、「働く意識」についての話になった。
ひたすら腹筋しながらする話題ではないように思うが、そういう流れになってしまった。

そのトレーナー曰く、スポーツトレーナーと老舗料亭の修業期間は似ていると言っていた。
師匠の考え方にもよると思うが、見習い期間中は「見て覚えろ」という考え方らしく、
それが出来ない人は自ら去っていく。ここである程度のふるいにかけられるそうだ。
言い換えれば、懇切丁寧にやり方を教えてくれるわけではなく、見てそれでどのように自分のものにするか、
その人の意欲・意識、努力を含めて素養を試されているのかもしれない。

4月から労働基準法の改正いわゆる働き方改革関連法が施行される。
改正項目の1つに残業時間の上限があり、残業が削減されることになる。
働く私たちは、限られた時間の中で現状以上の成果を生むことを期待されている。
それを実現させるために、働く時間や場所、または人事制度や評価制度を変えることが先行しがちだが、
システムや制度の導入はハード面にすぎず、一番重要なことはソフト面である、従業員の意識改革のように思う。

勤務場所を含め働き方が自由になるということは、自ら色々なことを考え・判断していくことが増えることになる。
マニュアルがあるわけでもないし、上司があれやこれやと細かく指示してくれるわけではないから、
自ら思考し行動することが求められる。
主体的に仕事ができず、言われたことだけをやっておけば良いと思っている社員は必ず淘汰されていく。
先の修業期間中のトレーナーや料理人のように、一人前になるために必死になれる人と自分を諦める人、
これまでの仕事の考え方ややり方を意識的に変え、自らの価値を創出することができる人と、変われない人。
変わらない人。どこの世界も同じなのだ。

先日、大手都市銀行が年功色を薄め、成果主義強化の要素を含めた賃金体系を導入した。
日本の賃金制度が大きく変わることとなりそうだ。
今回の働き方改革は、組織・人を変えることが出来るチャンスともとらえることが出来る。
日ごろから意識改革が必要だと思っていても行動を変えていくことは難しい。
しかし、限られた時間の中で成果を出す必要性が出たとき、このままの自分では生き残れないと気が付いたとき、
「何かを変えなければ」と気付くチャンスになる。
意識改革の目的が明確になり、具体的にどのような意識を改める必要があるのか、
そしてそのための行動改革にもつなげていくことができるかもしれません。

日本もより「働く」ということにシビアになっていく時代だからこそ、
私たちが伝え続けている「働き方の提案」を通して、自己認識や行動の変化を促し、
意識改革後の「自らの価値を創出できる人」をより輩出していけるよう努めていきたい。
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挫折

2019-02-27
将棋のフィクションを手掛けた作家が、「将棋のフィクションは二種類に分かれる。
羽生善治氏をモデルとする人物が登場する作品とそうでない作品だ。」という
趣旨のことを語ったことがある。
平成時代における将棋の特徴の一つを言い当てていると思う。
フィクションならではの特徴として、
現実離れした登場人物の強さを描けるという点があるが、
7冠達成などの実績を持つ羽生氏の影響力には圧倒的なものがあり、
主人公が目標にするような「棋界の頂点」にいる人物を描こうとすると、
どうしても羽生氏を意識せざるを得ない。
一方で、そもそも羽生氏が現実離れした強さを誇っているので、
中途半端な強さの人物を描くと、インパクトに欠けるという状況になっている。
藤井聡太氏の出現により、この傾向には拍車がかかっていると言ってよいだろう。

そんな状況の中、羽生的な人物が登場する従来型のプロの世界を描く作品ではなく、
「年齢制限のあるプロ養成機関を退会した人物が、
アマチュアからプロ入りを再度目指す」という作品が増えている。
ドラマなら、玉木宏主演で最近まで放映されていたNHK「盤上のアルファ」、
漫画なら「リボーンの棋士」。
アマチュアからのプロ入りは極めて困難な道であり、過去にわずか数例しかないが、
こういった挫折と再起の物語は、見ていて思わず応援したくなるものがある。
挫折がない人は、世の中に殆どいないだろうし、挫折が一度もない人よりも、
挫折を経験して乗り越えた人の方が、共感を得られやすいのではないだろうか。

実際、中途採用でも同じようなことが言える。
応募する側で、実績をアピールしようとするあまり、
「こんなことができました。あんなこともできました。」ばかりになってしまう人もいる。
自己PRに力を入れるのは悪いことではないが、
挫折のない人間を雇用するのに、企業がリスクを感じるのもまた事実だ。
挫折を経験し、どう乗り越えたか。そこから何を学び、現在にどう活かしているか。
書類作成や面接におけるポイントの一つであり、
弊社では、キャリアコンサルティングの面談でそういった点もお伝えしている。
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