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2024年、自ら変わり行動する年に

2024-01-05
年末、息子が塾を代えたいと言ってきた。
とりあえず冬季講習を他塾に代えて様子を見ることにしたが
結局「前の塾に戻したい」と言ってきたので、元さやに納まる事に。
寄り道だったが、本人が塾の方針や先生に原因があるのではなく、
自分自身の姿勢を変える必要があると考えるようになったことは良かったと思う。

例年の事だが、年末年始は転職活動を考えられる方が増える傾向にあり、
活動中の方は方向性の見直しや書類のブラッシュアップ、
これからという方は人材紹介会社への登録を考えたりする。
振り返ると、2023年はコロナから本格的に開放され、
ようやく「日常を取り戻した」一年だったように思う。
しかし、コロナ下で定着した新しいルールはそのまま残り、
AIなどの普及も相まって似て非なる日常を過ごすようになった。

単純に全てをコロナ前後で分けられないが、
今までと同じ努力をしていても現状維持が難しかったり
顧客へのアプローチの仕方に変化が求められる場面が多く、
「なぜか、うまく回らないな…」と感じた人もいただろう。
実際、転職のご相談を受けると、ご自身でも不調の原因がわからず、
何をどうすれば良いかという整理に時間がかかる事も増えている。

2024年。新しい年がスタートした。
心機一転、何かが変わる事、事態が好転することに
強く期待する気持ちも強くなるところ。
例えば、初詣で神社仏閣に行く方も多いだろうが、
一種のブームにもなっていて、実は神社に行くことの意味が、
お願いではなく感謝であることを多くの人が知る事になった。
意味合いとしては「誓いを立てる」というニュアンスなのだそうだ。

正式な神道の礼節はいったん置いておくとしても、
大事なことは、一つのきっかけとして、何かを変えるために
整理するタイミングに使えば良いということだ。
「神様にお願いしたからOK」なのか、
「誓ったからにはとにかくマジで頑張らないと…」なのか。
どうせ変わるなら嫌々変わるのではなく、
すっきり、晴々とした態度と表情でやって見せたらよい。
それは、きっと周囲にもポジティブな影響を与えるだろう。
先ほどの初詣もそうだが、スタートの様子は一緒に見えるが、
その後の行動、一年間のプロセスが大きく変わる事は間違いない。

何事も、もう遅いと考えたら努力する気持ちも芽生えないだろうし、
それこそ、神頼み、根拠のない逆転ホームランばかりを追い求める様になる。
それに振り回される周りの人(会社、家族、そして顧客)はたまったものではない。
転職も一緒で、TVCMで見るサイトにとりあえず登録しただけでは、
「100万円年収アップ!」「待ってたら良い職場に巡り合えた」
とはならないのが現実だ。

弊社の理念「Change OR Evolution(COREの頭文字)」には
単に環境を変えるだけではダメ、自分自身が変わる事でキャリアが開けるという
意味があるのだが、今年はこれまで以上にそれを体現する必要がありそうだ。

改めまして、皆様、あけましておめでとうございます。
本年も変化の激しい環境においてキャリアのご相談に真摯に向き合ってまいります。
皆様のお役に立つ事ができます様、社員一同精一杯努力してまいりますので、
何卒、よろしくお願いいたします。
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おひとりさま

2023-12-23
今年も「あっという間だったな」と感じる季節がやってきた。
お正月も含めた年末年始のお休みが待ち遠しくとも、クリスマスも忘れるわけにはいかない。
12月になると、街は華やかなイルミネーションで彩られ、ジョンレノンのハッピー・クリスマスが流れる。
街はどこかしら、おしゃれな男女が行き交い聖夜の訪れを感じさせる。
これらはムードを高める素晴らしい演出で胸も高鳴る。

しかし近年、クリスマスというイベントは誰かと楽しむものではなくなっているのかもしれない。
統計によると、クリスマスを家族・パートナーと過ごす人は年々減少しており、
一人で過ごすための「おひとりさま」用ケーキ等も人気があるとのこと。

「おひとりさま」という言葉は、2000年前後から耳にするようになった。
もともとは女性が一人で趣味や旅行を楽しむ意味で使われていたようだが、
次第に男女問わず、「一人で行動するライフスタイル」を指す言葉として
使われるようになった。

様々な場面・場所で「おひとりさま」に心地よい価値を提供するサービス、施設が増えている。
「ひとり焼肉」や「ひとりカラオケ専門店」など、
元々2人以上で楽しむことが当たり前だった「焼肉」や「カラオケ」が、ひとりで楽しめる。
バンドのライブもひとりで行って盛り上がり、
アウトドアでも、ソロキャンプのように好きな時に好きな場所で一人を楽しむ人が増えた。

かつては大人数で楽しんでいたイベント等も、今やひとりが楽しい、
むしろ、ひとりの方が良いという時代になってきたのかもしれない。
「おひとりさま」と言われていた現象も、今では自虐感はなくなり、
敢えてひとりで何かをする過ごし方がトレンドとなっているようにさえ感じる。

コロナウイルスの流行前は、漠然と人とつながっていたいという欲求と、
SNS等の浸透により他人と常につながっている状態が当たり前になっていた。
それが突如、コロナによって他人と分断・隔離され、
否応なしにひとり時間が増え、その価値や心地よさに気づいてしまった。

日本社会において、"おひとりさま"というライフスタイルは、更に増えていくかも知れない。
多くの日本人が日常生活において、グループの中で演じる自分にストレスを感じている。
"おひとりさま"は個人が自由に自身の興味に没頭する事ができ、気兼ねなく有意義な
時間を過ごすことが出来るからだ。

先日、20代の若者で異性との交際経験が無い人が50%に迫るとのニュースを見た。
少子化対策は子育て支援に目が向きがちだが、出会い支援こそ大事なのかも知れない。
ひとり時間も新たなライフスタイルとしつつ、人とつながる時間との双方を
ケースバイケースで使い分け、どちらも大事にしてもらいたいと
おひとり様のオフィスでふと考えた。メリークリスマス
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想像力を育むこと

2023-12-08
先日ネットニュースで見た記事だが、遠足で動物園を訪れた児童(恐らく小学生)が
アフリカタテガミヤマアラシに石を数個投げつけるという出来事があったそうだ。
アフリカタテガミヤマアラシというのは、齧歯目の動物で、鋭く堅いトゲがあるのが特徴であり、
普段はハリネズミのようにトゲは寝た状態だが、
捕獲者に対しての威嚇や求愛行動の際に、約3万本の鋭いトゲが立つとのこと。
トゲが立つところを見たかったのかもしれないが、動物に石を投げてはいけない、
ガラスをどんどん叩いて脅かしてはいけない等、「してはいけないこと」という認識はあったと思う。
「石が当たったら痛いだろうな」と想像することができない子がいることに危機感を覚える。
このニュースを見た方々から動物園側に、同様のことが起きないように施設の改修を求めたり、
禁止看板の掲示を呼びかける声が多数寄せられたそうだが、
園側は、動物の生態を知ってもらえるように、あえて柵がない展示方法にしてあること、
さらに「○○禁止!」という看板が至る所にある動物園ってどうなんだろう、という想いがあり
それらの対応はせずに、注意を呼びかけるにとどめているそうだ。

確かに、当たり前のことができない一部の人のために、
あれもこれもダメというルールが至る所に掲示されてる動物園なんて興ざめである。

そもそも動物園って何のために行くのか?
生き物や環境を学ぶための場であり、子供達の情操教育の場である。
それらを教えてあげること、きっかけづくりが大事で、それが大人の役割なのではと思った。

職場においても同じようなことが言えるのではないだろうか。
本来は暗黙知として当たり前のことが守られていて、
それぞれが、業務の目的を明確にし、自分目線ではなく相手の目線に立ち、
自ら思考し行動することができれば、規定やルールがなくてもやっていけるはずである。
しかし、挨拶ができない、期日を守らない、言われた仕事しかやらないなど
最低限のことですらできない人がいるのも事実である。
その結果、ルールは徐々に増え、さらに抜け穴がないように細かくなっていく。
まさに禁止看板だらけの職場と化していく。

そのような組織がある一方で、Netflixは「能力密度」と「自由と責任」のカルチャーを重視しているため、
社内ルールは存在しないらしい。
彼らが目指しているのは、例えば
・最高の人材に最高水準の報酬を支払い、その原資が不足するのであれば、
それほどでない人材を何人か解雇してでも原資を確保すること。
・リーダーの最優先目標は、最高の同僚だけで構成される職場環境にすること。
・最高の同僚とは、クリエイティビティと情熱を持って、重要な仕事を山ほどこなす人のこと。
・部下には意思決定に必要な情報を与え、最終判断は部下に委ねる ・・等
つまり、ルールが不要なドリームチームを形成し、その密度を高めること。
能力密度が高くなるほど、社員に権限を含めて自由を与えることが出来る組織になるということだ。
社員一人ひとりのコンピテンシーを高めることが、まずは第一歩になる。

「働く」ということの目的を考え、
この業務の目的は何か?ゴールはどこにあるのか?誰のためのものか?
目的を明確にし、自ら思考し、実現に向けて自ら行動していくことが自走する組織を作ることに繋がる。
働くということについて考えるきっかけとなれるように、
自らも、ありたい姿とそのために必要なことは何かを考え続ける必要があると思う。
今年も残すところあと1ヶ月を切ってしまった。
今年の自分は去年よりも目指す姿に近づけただろうか。
改めて振り返り、1ヶ月も時間が残されていたとチャンスに捉え、自分自身に挑戦していこう。
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自主性と自由の間には

2023-11-24
先日、大学に通う娘からパニック状態で電話が入った、
どうやら朝の通学時間帯に最寄り駅で人身事故の為、電車が止まり、
復旧の見込みがたたず、駅が大混雑になっているとのことだった。
どうしても単位を落とせない授業であり、間に合わないと大変なことになると大慌て。
バスは大行列、タクシー乗り場は1台も来ないのに大行列、そしてみんな考える事は同じらしく、
いつもは、所定のステーションに置ききれないほどあるはずの、
赤色のシェアサイクルも一台もなかったそうだ。
娘の、日頃からSNSを駆使した情報収集活動が役に立ったのか、
前日に家の近くに出来た緑色の「アレ」の、ステーションができたのを思い出し、
無事に緑色の「アレ」をゲットして隣駅まで行くことができたと報告がきた。
隣駅から電車は動いていたので、当初より30分ほどの遅れで、
電車に乗ることができ、授業にも間に合ったとの事だった。

緑色のアレとは、最近街を席巻している「LUUP」だ。
2020年頃から、試験的に導入後、試行錯誤の上、安全性を検証し、
免許必要→免許不要、ヘルメット着用は努力義務、運転免許不要など、
今年の7月1日から、大きく道路交通法上の改正がされた。
これは、国が「LUUP」を使用する人たちの、自主性に任せるという判断をしたのだろう。
便利な世の中にする為に作り出した物を使用するのに、決まり事や、
法律で縛り付けてしまうと、皆が使用を控えて利用者が減る事は、本末転倒で、
一人一人が、モラルや社会常識を認知しているという信用のもとで、成り立っているのだと思われる。
しかし、自主性と自由を履き違え、歩道を我が物顔で、高速で乗り回し、
お年寄りを轢き逃げして逮捕されるという事件まで起きているのは事実だ。
このような自主性と自由の違いがわからない人たちが、身勝手な行動を繰り返すことで、
せっかく、利用しやすいように法整備をしたものの、
安全面重視の為また使いづらい法律に改正されてしまう可能性も出てくる。

自分の都合だけで、好き勝手にすることを「自主性だ」と、主張する一部の人の為に、
新たなルールや規制を設けなければならなくなる。
企業においても、「自主性を尊重する」前提で、テレワークやリモートワークを
取り入れたところが多くみられたが、管理監督されない「自主性」の名の下で、
「自ら考え自ら動く人」と「自由気ままに動く人」に差が生まれ、
それが、コロナ禍を終えた今、出社した働き方を見比べると一目瞭然だそうだ。
職場から自由契約とならないように、自主性と、自由の違いをきちんと理解して
業務に取り組んでもらいたいと感じる。

冒頭の娘の、LUUPを探し出して隣駅までかかった時間は約30分、
普通に隣駅まで歩いた場合は20分。この事実を「娘には、黙っておいてあげよう。」と心に決めた私だった。
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プロ意識が向かう先

2023-11-10
先日、簡単な手術のため大学病院に入院し、
4日間の病院生活を過ごしてきた。

色々と非日常の体験があったのだが、
特に若い看護師の皆さんの「プロ意識」が印象に残った。

大学病院で短期入院の患者が多い病室だったこともあるが、
とにかく勤務中はずっと忙しそうに動き回っている。
時間ごとに担当病室の全ての患者の状態を確認しつつ
システムに入力、その間も患者から色々な訴えがあり
即時対応が必要か、先生の許可が必要かなどを判断。
一つの作業が終了するとすぐに次の作業の準備を始めるわけだが、
そんな中でも、一人一人の患者への配慮や気遣いを疎かにはしない。

注射針を刺す、あるいは他愛のないコミュニケーションをとる中にも
こちらが聞き取りやすい言葉を選んだり、タイミングを考えてくれており、
それだけでも不安感やストレスが解消されるのを実感した。

あれだけ忙しいと、その辺りはドライになってもおかしくないが、
どんなにしんどそうでも配慮や心配りが崩れないのに強く感心した。

看護師の皆さんにとってのホスピタリティというのは
後付けのお飾りの要素ではなく、そもそもこの仕事を志す時点で
その気持ちが無いならやっていない「太い幹」の部分であり、
その幹に技術、知識という枝葉がついている、そんな印象を持った。

誰しも「プロでありたい、上達したい」という思いを持つと同時に、
「認められたい、心地よく仕事がしたい」という欲求を持っている。
どちらも仕事をする上で不可欠なエネルギーだと思うが、
気が付くと後者のエゴの要素が大きくなってしまい、
いつの間にか自分のやりたい事、得意な事ばかりに終始し、
本質からズレたアクションになることも多いのではないか。
マニュアルを覚えただけの丁寧な接客だったり、
流行に乗じた企業のサステナビリティ等もこれに入るのかもしれない。

プロとは何かを考える時に、私の好きなフレーズの一つとして
「自分とは交渉をしない」というのがある。
これは、コーチングの世界では有名な言葉らしいが
誰しも自分が可愛くて甘やかしたくなる性質を持っているがゆえ、
最大の敵は己であり、それを自分自身でシビアに絶つべき、
という思考法、習慣づけの言葉である。
どんな世界でも「プロだな」と思わせる人たちはすべからく、
この感覚を持って仕事と自分に向き合っている様に感じる。

会社のメンバーには迷惑をかけてしまったが、
看護師の皆さんの仕事っぷりをみて、慣れや驕りから生じる
本質からズレた行為をしていないか?自分自身の仕事を振り返る
機会にする事ができた。
しかし、さすがプロだからこそ、大した病気じゃない私に対し
看護師さんはほとんど無関心であった。
「奉仕の精神は使うべき正しい場所で使われるべき」と理解しつつも、
変な寂しさを感じてしまったのは、私のエゴなのだろう。
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