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それは、誰のためか?

2018-08-27
6歳になる息子が、日課の宿題をするのをごねた。
本人が納得できるように説得を試みたがうまくいかない。
「じゃあもう今日でやめていいよ。無理矢理やらなくてもいい」
…とプリントと鉛筆を取り上げて鞄にしまった。
最終的に、息子は泣きながらなんとか宿題をこなした。

「これって…親として必要なことだよな?」と自問しながら、
なんとも言えない気持ちが残った。心の動きはこんな感じだ。

「【ゴール】子供が生きる力を強くしたい」←「子供に賢くなって欲しい」
←「継続して勉強する習慣をつけさせたい」 ←「自主的に宿題をやらせたい」
←「宿題を日課として約束させたい」←「問題を解く面白さを感じさせたい」
←「算数に興味を持たせたい」←「一緒に数字で遊んでみる」←「数字を覚えて欲しい」

子供のためにとはいうものの、その中身は「〇〇したい」という
自分の気持ちのオンパレードだ。要するに指導でもなんでもなく、
思い通りに動いてくれない息子に苛立っただけなのだ。

家庭でも職場でも、子供や年下、経験が少ない相手に対しては、
精神的に優位に立ってしまい、先ほどの様な勘違い行為をしがちだ。
その時点で教育や指導ではなく、自分のエゴを出す場所でしかなくなってしまう。
気づかないうちに、スタートからゴールの過程で主題が変化しているのだ。

いわゆる情報を扱うサービス業(コンサルタントや講師等)に
くくられる仕事は、上記の様な失敗に陥りやすいと思う。
初心者ではなく、それなりに経験を積んだ人間こそ注意が必要だ。
自分視点でエゴに囚われていないか、凝り固まっていないかの
自己点検が必要なのだ。人に何かを伝える立場ならば、
まず自分への厳しい問いかけが必要という事だと思う。

山口で2歳児の命を救った尾畠さんはいつも、
「してやるではなく、させていただく」という
気持ちでボランティアをしているらしい。
仕事にも教育にも学ぶべきところが多い言葉だと思う。
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