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厳しさの中での成長

2017-06-19
小学生の娘が、朝から「学校に行きたくない」と主張する事がある。
前夜から、泣きべそをかいてアピールしてくることすらある。

例えば、原因は嫌いな食べ物が給食のメニューにある場合などだ。
その食べ物を担任の先生に半ば強制的に食べるように指導を受けるのが嫌らしい。
最近のニュースにあるような口に無理やり食べ物を入れられるというものではないが、
学校から、帰ってきて、思い出して泣くくらい彼女にとってはその指導が苦痛のようだ。
ある意味、前日からメニューをチェックしている彼女の拒否反応の強さにも驚かされる。
モンスターペアレントと言われるかも知れないが、娘が嫌なことを強いられているのは・・・
と思い学校側に相談しようとも考えた。

ふと、我が家の食卓を振り返ってみた。
「嫌いな食べ物」を無理やり食べさせることは殆どないため、娘は基本的には好きなものしか食べない。
そんな娘を見て、私も妻も「ちゃんと好き嫌いしないで食べなさい」と若干強い口調で言うくらいだ。
当然、娘はそんな言葉はお構い無しに食べられる物だけを食べている。
娘を一人の人間として考え、将来的に社会適応できる素養を教育していく先生の立場で考えれば、
この「指導」は間違っているとは言えないと感じた。

当然、娘は可愛い。
泣き顔なんかは見たくはないが、このまま娘の気持ちだけを汲んでいては、
ずっと彼女は甘え続けるだろう。我慢が出来ない以上に、感謝の気持ちすら無くなってしまう人間になりかねない。
昔は良くも悪くも教師や親は怖くて、逆らえない存在だったが、今はもう少し近い距離感にいて、
教師や親と友達感覚で接する関係性も多く見受けられる。それはそれで良い部分もあるのかも知れない。
しかし、学校や社会では異なる価値観の方々と様々な軋轢の中で共存していかなくてはならない。
その上で厳しさやつらさを痛感することは必然なのだ。
「嫌いだから食べられません、やりたくないから出来ません」で通用することは、ほぼ皆無である。

ある程度の年齢からは「厳しい現実に直面させる」ということも
成長には欠かせない大事な要素ではないだろうか。
これは会社においても同じことが言えるように思う。
何でも社員の意見を聞き入れていたら、社員の為にもならないし、会社の為にも良くない。
そういった社員の我儘や怠慢が大きな事故に繋がることはよくある話だ。

私にとって子供はかけがえのない大切な存在である。
しかし、社会に出れば一人の人間として責任を果たして行かなければならない。
今の可愛さではなく、将来の姿を考えながら接する必要があると思っている。
親であり保護者であるということは、未成年で判断がつけられない子供を守ることだけではなく、
子を窘めることも、大きな役割だと思う。
私自身の戒めも込めて、子供、そして社会と関わっていかなくてはならないと思った。
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