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努力のメダルと人間力

2016-09-26
オリンピック、パラリンピックが終わりました。
スポーツ番組をあまり観ない私ですが、眠い目をこすりながら必死になって応援し、
負けては悔しい涙を流し、勝っては嬉し涙を流し、
心地よい疲労感と、お祭りの後特有の寂しい感じの余韻が心に残っています。
選手たちは皆、金メダルという一つの目標を目指し、計り知れない努力を積み重ね、
勝っても負けても、晴れ舞台で私たちに感動的なパフォーマンスを魅せてくれました。

普段スポーツに興味のない人までも巻き込み、
これほど感動させる理由は何なのかとふと考えてみました。
自分自身が絶対に出来ない事に取り組むことへの憧れや驚きなのでしょうか?
磨き上げられた肉体と精神力の陰にある努力への賞賛なのでしょうか?

選手たちは、金メダル=世界一になる、という目標を設定し、
そこに辿り着くために様々な努力をします。
その目標設定→努力の流れを、私たちの日々の暮らしや仕事に置き換えてみると、
オリンピック(トップアスリート達)が私たちに教えてくれることが見えてくるような気がします。

私たちは、意識的に、また無意識に、何か目標やゴールを掲げ、
それに向かって努力?(大げさかもしれないけれど)しています。
今日は休日だから○時までは寝る!とか、休日だから洗濯と掃除をしよう、
今日の夕飯は○○を食べよう、ということだって、
心身を健全に保つため等、何かの目的に向けた努力と言えなくもないでしょう。
その他の暮らしの中の行為も、全て何かの目標=ゴールを意識して設定し、
そこに向かって行動を起こすことの繰り返しだと思います。

私たちの日々の「仕事」に置き換えてみると、もっと何か見えてくるかもしれません。
社会における自社の存在意義、その中の自分の役割、
それを数値に置き換えたゴール=予算に向けて、全てのビジネスパーソンが
日々コツコツと努力=仕事をしているはずです。
目標設定と努力の反復が、習慣となり、技術となり、その人の実力となり、
結果(周囲からの評価や報酬など)に繋がっていく、という構図は、
オリンピック選手も会社員も全く同じと言えます。
私たちがオリンピックに一喜一憂するのは、仕事上の目標を実現した時の喜びを映し出す、
足りていない努力に気づきを与え叱咤激励してくれる、鏡であるように思えて来ました。

しかし、ただ単に目標設定し、努力を重ねるだけでは、
人に感動を与えることができるような人にはなれない、ということも、
オリンピック・パラリンピックを通して見えてきたように思います。
オリンピック期間中には、メダルへの道のり、的な特番が次々に放送され、
その人の努力や家族の支えなど周辺環境が伝えられていました。
メダリストの、尋常ではない努力の跡に驚嘆し、そこに携わる人々の
見えざるサポート活動を知り、また感動し、涙を流していたのですが・・そこで気が付きました。
試合後のインタビューで、メダリストたちが口々にする
「皆が応援し、サポートしてくれたおかげです」
「メダルが取れなくてごめんなさい」という涙交じりの言葉は、
今の自分があるのは、自分一人が努力し成し得たものではなく、
コーチや家族や仲間に支えられて今があることへの「心からの感謝」や「想い」、
彼らの「人間力」こそがオリンピックメダリストとなれる素養であり、
多くの人に感動を与えることが出来るのではないでしょうか。
当社の掲げる「絶対的な人間力」が、成果や評価や感動に繋がっていることを教えてくれます。

転職活動をされている皆さまが、納得できるメダルを獲得できるよう、
微力ながらヒントやサポートを提供し続けられる私でありたい、と、
オリンピックを通じて改めて切に感じています。
そのために自分自身の絶対的人間力を磨く努力をし続けなければ・・・

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