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認識のズレへの気づき

2015-02-16
先日、2歳になる息子の保育園の個人面談に行ってきました。
家では見ることができない、園内での友達や先生とのやりとりがどんな様子なのか興味深かったので、ぜひ話を聞きたいと考えて参加を決めたのですが…。
実際には少々肩すかしの内容でがっかりする結果になってしまいました。お互いの目線が違う、といいますか、保育園の先生方は園のルールの確認と徹底、親に対して「伝えた」という事実を作りたいという場であったからです。
先生方は職務を全うしているだけで何の罪もありませんが、保護者の期待値からすると拍子抜けで若干の不満を持ったのも事実でありました。

自分が相手にして欲しい事、あるいはしてもらって当然と考えている事が、実際には相手の気持ちとは大きなギャップがあった、というのはよく聞く話です。
単純な事ですが、人はそれぞれが意図や意志を持って行動しているわけですし、例えばそれが仕事上の付き合いであれば、なおさら「利害関係」という枠の中で、全ての言葉や行動は自己の利益に強く誘導されているはずです。
たいていの場合、ずれている事を前提にスタートしていると思った方がよさそうです。

お客様が何を求めているのか、そしてどうやってそれに応えていくのか、というのは我々の仕事でも軸に据えるべき要素ですが、この業界においても保育園で起きたような出来事というのは珍しいケースではありません。
働くという事がどんな意味を持つのか、何をもたらすのかというのは人それぞれで大きく異なるものです。
ベンチャーで新しい価値を創造し組織を作っていく事が楽しいと感じる人もいれば、安定的な土壌でじっくりと仕事に取り組みたい人もいるわけで、この時点ではどちらが上でも下でもありません。
にもかかわらず、キャリアアドバイスをする側の先入観で話をしてしまえば、相談にみえる方からすると単に押しつけでしかなく、無駄で納得感のない時間になってしまいます。
この業界では絶対にしてはならない「きほんのき」の話ではありますが、慣れやパターンが先行し過ぎると気づかぬうちに陥ってしまう危険性がある事を忘れてはいけないと思います。

サービスや財を提供する側は、自分たちの論理や理念を大切にしながらも、その中でいかにお客様の考えや感覚に近づいていけるかをチャレンジし続けるべきだと思います。
それがいわゆるホスピタリティや差別化というものにもつながっていくと思うからです。
また、今回の件で思うのは、逆にサービスを受ける側の立場になった時に、いかに相手の論理の枠を把握してこちらが欲しい内容に近づけていくのか、そのためにどんな準備が必要なのかを相手以上に考えて、その場に臨むべきだということです。
日常生活における様々なシーン、仕事で、飲食店で、買い物で、習い事で、家庭で…etc。全てはやはり人間関係、相手が存在する所にはその分の意志が存在します。
ただ漫然と相手と対峙してしまうから、その温度感の違いにフラストレーションを感じてしまうのではないでしょうか。
自分の準備ができていれば、その場で処理できる事、そもそも感じない事も多々あるような気がいたします。

ただ、あらゆることに神経尖らせて考えてしまうと、もうそれ自体が過度なストレスになっているというジレンマが…。
やはり、人間関係というのは一筋縄ではいかないものです。

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