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体罰事件に見られる教育と自主性について

2013-02-04
大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部の体罰問題から、今は柔道女子全日本の件など、
体罰問題の議論の余波が広がっている。体罰議論については今に始まったことではないが、
解決されていないのはこの問題の根が深いことを示唆している。

最初に個人的な見解を示しておくと、体罰はいけないことであると思っている。
とは言え、自身が小学生の頃は同じ班の誰かが忘れ物をすると、全体責任で班全員が一列に並び、
頬を引っ叩かれて育った。それでもその先生が大好きだった。みんなもその先生が大好きだった。
たぶん、自分たちのことを誰よりも一生懸命に考えてくれていたし、親のように愛情いっぱいに褒めてくれたし、
叱ってくれていたとみんなが実感していたからだと思う。
そういう経験はあるが、「お前たちのためだ」と教育・指導を盾にして勘違いした独りよがりな暴力行動とも言える。

体罰は「怒られないこと」や「殴られないこと」を目的としてしまい、本質的な「どうしたら勝てるのか」
「何をどのように解決すればいいのか」を自ら考えることが出来なくさせてしまうのではないだろうか。
小さい子供が親から怒られることを怖がり、「お母さんに怒られるから・・」と親の顔色をうかがい、
何故それがダメなのかを理解していないのと同じである。
子供にも、「何故やってはダメなのか」「何故危険なのか」をしっかり認識させ、
「だから○○には気をつけよう」と自らが考えることで生きていく術を覚えていくことと同じではないだろうか。

時代は変化する。今は歯を食いしばる根性論や努力論だけでは通用しない。
これからの世の中を生きていく為には、自らが考えて行動するという自主性が必要である。

実は仕事でも同じだと思う。

課された数値や仕事をこなすだけのやり方では、転職市場では評価されないことをご存じだろうか。
その数値を達成する為に、何をどうすればいいのか自分なりの見解を持ち、あらゆる施策を立て、実行する、
その自ら考えて行動する力があるかどうか、が評価のポイントとなる。さもなければ教えなければ出来ない人、
という評価であり、新たに即戦力として採用するには時間とコストがかかると考えられてしまう時代なのだ。

とは言え、あなたには、家族以外で自分を本気で叱ってくれる人は今やどれくらいいるのだろうか。
もしいるとするなら、あなたにとってのかけがえのない人であることも事実である。

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