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叫び

2012-06-27
先日、バスの運転手を刺した少年がいた。「同級生に馬鹿にされてくそっ、と思った」という理由だそうだ。
社会の中に埋もれている、学校や会社といったある一定集団の中にいる自分に歪んだ形で、
叫びを上げてしまったのではないだろうか?

他の人の目や考え方、流行に主眼を置いて行動している人がいかに多いことか。
百貨店に行けば、ほぼ同じデザインの中からアクセサリーを選び、
ある人気の色や流行の形の服の中から自分?の服を選ぶことになる。
その「流行」は、雑誌という「お手本」を見て勉強する。自分らしくあるために、
でも実は、自分でなくなるために。

中学までが義務教育でその先は自由であるはずである。
しかし、ほとんどの家庭が息子・娘を高校、そして良い大学へ入れることを考える。
偏差値という定規で測り、上を目指すというレールを引き、ひたすら、機関車を走らせる。
会社に入っても同じである。同期よりいくら早く昇進できるか、出世するか。
日本人は、そうしてレールに乗ることに、慣れている。果たして、心からそのレールに乗れている人はどれだけいるだろう。

繊細な人、正直な人はその不自然さに気付くのではないか。個の区別ない人間が、灰色の制服を身に纏い、
彷徨い歩いているような心地になるのではないか。生まれてきた意味は何なのだろうか?私は誰なのか?と。
叫びをあげた彼は、灰色の地の中から何らかの「色」として自己を認識してもらいたかったのではないか。
そんな気がする時もある。

「個」とは、鏡のない世界である。教科書もお手本も、レールもない。真っ暗闇だ。
そしてその先に、己にしかわからぬ、光の世界がある。矛盾という混沌の中から生ずる意図。
そこには自己を他者から区別する行為が存在する。その中で見えたものが、己である。
暗い中で、立ち止まらないでほしい。

必ず、その先にはあなたがいるから。
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