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情報を「獲る」

2023-01-27
出社のため山手線を利用していた際、
「うなぎパイ」の紙袋を持った男性が私の目の前に現れた。
今までの私であれば、単に「あ、静岡名産のうなぎパイだ」
程度に見過ごすところである。しかし、私は職場の仲間から数日前、
このうなぎパイについて雑学を教わったところであり、
その真偽を確かめるため、紙袋に目を凝らしていた。
そして、「夜のお菓子」と書かれた小さな文字を見つけた。
この職場の仲間からは、まさにこの「夜のお菓子」について、
その由来を教えていただいたところであり、
その小さく書かれた文字のせいで思わず頬が緩んでしまった。

ちなみにこの「夜のお菓子」の由来について、
本来は全員がテーブルを囲む家族団らんのひと時、
“夜のおとも”として食べてほしいという思いで名付けたそうだが、
うなぎと言えば、精力アップや滋養強壮にうってつけの
スタミナ食材であるイメージが定着しており、
“夜のお菓子”=大人の精力剤みたいな
エロティシズムな発想が勝手に定着したと言われている。

このうなぎパイの件で、私は一つの気づきを得ることができた。
それは、物事をとらえる自分の視野がいかに狭いかということだ。
今回の場合はあくまで雑学であり、極論知らなくても何ら生活に支障を来すことはない。
しかし、「人材紹介」というビジネスに置き換えて考えてみると、
背景に隠された情報を知らないまま、転職希望者様や企業の担当者様と
情報のやり取りを行っていた場合、そうでない場合と比べると、
得られる結果は大きく違ってくるはずで、時としてお客様に大きなご迷惑を
かけることになりうる。

ただ、この背景を知るために必要な「糸口」のようなものは存在し、
それに気付けるか、その糸口をフックとして、深堀を行っているかがポイントになる。
今回取り上げたうなぎパイに関して言えば、「うなぎ」+「パイ」という
ミスマッチな組み合わせが糸口であり、そこから何らかの違和感や、
「なぜ?」という疑問を抱いた後、自分で調べるという動きができていれば、
自分の知識として、逆に誰かに伝えることができたかもしれない。

こうした思考回路を自分の型として確立することは、意外と難しいように感じる。
なぜならば、今の時代、我々はシャワーのように情報を浴びているからだ。
これによって、思考をショートカットして情報を「得る」ことが可能になった。
しかし、情報が簡単に得られるようになったからこそ、
情報を「獲る」ことに価値があるように感じる。

我々はコンサルタントとして、企業の担当者様や転職希望者様に対して、
情報を発信する立場にある。そこで、「得た情報」ではなく、
「獲ってきた情報」を伝えることがコンサルタントの価値であると感じた。
私個人としては、業務時間内だけでなく、通勤の際や外出先でも、
「なぜ?」という疑問を抱いた後、自分ですぐに調べるといった習慣を確立したい。
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“当たり前”の尊さ

2023-01-20
今週の日本経済新聞で、インターネット動画サービスの『GYAO!』が、
今年度末にサービスを撤退することが発表された。
コロナ禍で登録数は増加したものの、2005年のサービス開始時とは市場環境が大きく変化し、
新たなサービスが台頭し、会員数に数倍の差を付けられている為の事業判断とのことだ。

15年程前になるが、私も利用しており、学生時代にヒットした懐かしい映画を
DVDレンタルせずに鑑賞できる手軽さに新鮮味を感じた記憶があり、少し寂しさを覚えた。

そして『GYAO!』といえば、USEN社の安定基盤があり、
大手のサービス=簡単には無くならないとイメージする人も少なくないだろう。
しかし、冷静に考えると、事業運営は、アイデアが実現に至るだけでも簡単ではなく、
ましてや、収益を出して継続させるのはもっとハードルが高い。
経済産業省の統計によると、新規事業を立ち上げて収益化できる企業は全体の14%程という説もある。

客観的に見れば、事業が継続し続けて会社が存続し続けること自体決して簡単なことではないが、
基盤ができあがった組織への慣れが生じることで、
会社や部署があり続けることが当たり前という感覚になってしまう。
更に言うと、希望も含めて、所属する組織が無くなるとは思いたくないのが人である。

かくいう私も、過去に所属した会社で、新規事業凍結を体験し、
事業の黒字運営と継続がいかに当たり前でないか身を以て知ったはずが、
現職で働くこととなり、お客様や社内の仲間など恵まれた環境に身を置いて月日が経つうちに、
今の状態が当たり前化していることに、本ブログを執筆しながら気付かされた。
これはビジネスだけでなく、家庭や友人関係にも言えることであろう。

帰宅したら美味しいご飯が用意されていて、温かい風呂が沸いている方であれば、
ある日突然、それが無くなった時、夕食の支度をして入浴できる状態に整えるだけで1時間は掛かる。
1人暮らしの方が実家に戻り有り難みを感じるように、
その時に初めて、当たり前でないことに気付く。
プライベートの人間関係も、壁にぶつかった時に気兼ねなく相談し、
休日に共通の趣味を楽しめる友人がいることで、仕事にも精力を注げることもある。

会社の事業の話に戻るが、どんなに素晴らしいサービスでも、
定年を迎える迄継続できる確約はどこにもない。

“当たり前”が当たり前に存在すると思わず、
1つ1つの顧客対応の積み重ねを大切にして、
感謝の心を持って職務を全うしたいと思う。
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うさぎで亀

2023-01-13
仕事でもプライベートでも、相手の何気ない言動に対して
「よくそこまで気づけるな…この人」と感嘆する事がある。
それは、自分との「観察力」の違いに抱く嫉妬の感情に近い。
ざっくり言えば、普通ならスルーしてしまう事をしっかり観察し、
周囲への気配りや目配りを怠らず、そこから次の展開を
考えて行動できている人たちの事を指している。
同じ時間、同じ空間に居て出来事を共有していたとしても
そこから得られる情報量は「観察」の質によって大きな差を生みだし、
成功と失敗に直結するもの。主体性の観点からすると、
人生の幸福感にも影響を及ぼす大きなポイントになると思う。

そもそも、観察という言葉は仏教からきているらしく、
「人が持つ知恵によって対象となるものを正しく見極めること」だったり、
辞書だと「事物の現象を自然の状態のまま客観的に見ること」
と書かれていたりする。実際、これは相当難しいことだ。

人それぞれ、好き嫌いの感情や思考パターンを持っているので、
何かしらのフィルターを通して事象を処理して日々生きている。
その方が手っ取り早いし、脳がサボれるからとても楽ちんなのだ。
生き物としての自然な機能にサボりが組み込まれているわけだが、
周囲への気配り心配りができる人は、その脳のサボり癖にあらがい、
物事の変化やあるべき姿の様なものをしっかりと「観て」いる。
本人たちは慣れっこで当たり前の様にやっているだろうが、
出来てない立場からすると、気合で「観る」意識をピン止めしようとしても
気づけば外れてしまっていて、過去に何度か断念をしていた。

そこで、新しい年を迎えたこのタイミングで再チャレンジのために下記に取り組む。

①「断捨離をする」
 :モノが増えすぎると考える事も増えるので大切なことを見失いがちになる。
  サボり機能が発動しないようにするために極力余計な思考機会を排除する。
  仕事上使用するツールや本をはじめ、洋服や情報をとってくるサイトを絞り込む。
  使い方のイメージを具体的に想起できないものはその時点で極力捨てる、

②「思い込みを捨てる」
 :上記断捨離にも絡むが、今の自分が持っているイメージ(出来る・出来ない)に
  無意識に執着している事を自覚する。要は他人からどう見えるかを過度に気にせず、
  自分は、思っているほど大したことないし、でも、そこまで出来ていないわけでもない、
  くらいの感覚でフラットに日々の出来事に対処する(深い呼吸と睡眠もセットで)

③「当たり前だと思わない」
 :自分の周りにある人、モノ全てに対して「はいはい、それね」という様な処理をしない。
  経験のストックやサンプルを増やしたことが視野を遮り、本当はじっくり観るべき事を
  スルーさせることが大きな損失につながる。

何事も、ちょっとした変化を維持させる事が成長のコツだと心得ている。
年男の私、これに関してはカメの意思でサボらず継続したいと強く思う。
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初詣

2023-01-06
新年あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

初詣は正月行事のひとつであり、
これまでの感謝と新年の無事と平安を祈る行事である。
今年は行動制限もなく、多くの人が各々の想いを持って
神社を参拝していることだろう。
受験生や受験生の子供を持つ親は学業の神様で有名な神社、
出産を控えているご家庭であれば安産をうたう神社、
その他、縁結び、商売繁盛等、自身の目的に合った神社を参拝する。
もちろん、近所の神社や、有名な神社を参拝する人もいるだろう。

自分の幼少期は両親や祖父母等と一緒に目的もなく参拝し、
お目当ては神社の出店の方だった。
学生になってから、またそれ以降も、
友人等と大晦日の夜中に参拝することで集まることが楽しみだった。
恥ずかしながら、毎年のように「健康でありますように」「仕事がうまくいきますように」等、
自分の事を漠然と何とかなれば良いなーと神頼みしに行っていただけだった。

今年の初詣で気付いた事があった。
思い返すと、ここ数年は自分の中で、三つのお願いが中心になっている。

①家族が健康でありますように
②親が長生きしますように
③会社がうまくいきますように。

子供が生まれてからは、子供の健康や安全を願う。
自分の白髪が増えた分、年老いていく両親のことを考える。
仕事は自分一人で成り立っているものではないので、会社全体の繁栄を考える。

今更ながら、健康にしても、仕事にしても自分が管理する事であり、
神様にお願いすること自体がおこがましい事だ。
それよりも、自分ではどうする事も出来ないことに対し、力添えしてもらえないかと
お願いすることに本当の意義を感じるようになった。

会社という組織においても、自分が出来ること、
しなければいけないことは自分の責任において取組む必要がある。
しかし問題が発生したり、自分だけではどうすることも出来ないことに関しては
周囲からの協力や上司からのアドバイスによって脱することが出来ることもある。
事後か事前かという違いはあっても同じ〇〇頼みと言える。

多くの神社にお願いすると、当然お礼も必要となる。
2022年も家族も両親も会社も無事に一年を過ごすことが出来た。
今週末には年末に行けなかった神社への参拝に行こうと考えている。
感謝の気持ちをこめてお礼参りに・・・
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