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愛あるビンタ

2022-10-29
アントニオ猪木さんが亡くなった。
プロレスファンじゃなくても強烈に記憶に残る人だが、
中でも「闘魂ビンタ」は有名だ。
張り手をもらう事が「ご利益」とばかりに、
イベント会場では人々が長蛇の列を作る。
そのパワーに励まされた一人として、
心からご冥福をお祈りしたい。

最近のニュースで、上司に叱られない事を理由に、
会社を辞める若者が増えているという記事があった。
いわゆる「喝」がない環境では成長の実感が持てず、
将来のキャリア形成に不安を感じるという理由らしい。

数字に対しての厳しい詰めがある職場や
恒常的な残業を強いられる環境の事をひとまとめに
「ブラック企業」と呼び、つるし上げた時代があった。
当然、真のブラック企業は糾弾されて然るべきだが、
これだけリスキリングが叫ばれている今の世の中を見ると、
実は働く側の意識の低さや主体性に大きな問題があって、
ブラック化せざるを得なかった企業も多かったのかも…と思ってしまう。

そもそも、誰かに叱られないと成長できませんという考えには、
いわゆる「職場ガチャ」の他責感覚が強く入り込んでおり、
自分の都合の良い場所を追い求めるジョブホッパーの様に、
結局、どの職場でも同じ結果になる可能性が高い。

また、叱る側も「ハラスメント・ハラスメント」に行動を制限され、
やるべき事、伝えるべき事の本質から逃げてしまう事情もあるだろう。
もちろん、人権侵害や暴力の類は許されるものではないが、
人に何かを教える、育てるという過程においては
「あえて厳しい言葉を選ぶ」「突き放す」というアプローチなしには
どうしても成立しない場面があるのも事実だ。
これを上司が先送りにすると、いたずらに「叱ってさん」を生み出すことに繋がる。

こう考えると、職能としてのリスキリングも大事ではあるが、
むしろ、このデリケートな時代のなかでどうやって「叱る」を先送りしないかの方が
これから生き残っていくための価値あるスキルになりそうだ。
「叱る」と「怒る」は全く別物とよく言われる。
相手に愛情がある人は叱り、自分の快不快で接する人は怒る。
叱る側も叱られる側もまずは「愛のあるビンタ」とは
どんなものかを知ろうとする気持ちが必要なのかもしれない。
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当たり前の難しさ

2022-10-14
そろそろハロウィンの季節である。
今では日本でも一般的に認知されるイベントになった。

この時期になると毎年、思い起こされる事件がある。
30年前に起った日本人留学生射殺事件だ。
細かい経緯等はあるものの、加害者が「Freeze(動くな)」と言った事に対し
被害者が「Please(どうぞ)」と受け取り、そのまま加害者宅に足を進めたところを
撃たれたという痛ましい事件だった。

普段の生活においても職場においても
家族の話しを聞く、職場にて上司からのアドバイスや、同僚からの話しを聞く、
取引先の担当者から話しを聞く等は、日常的なことで、生活をする上で
必要不可欠なことだ。

だが、ここで間違いが発生してしまうことが非常に多い。
間違いで済むならまだいい。時には、取り返しのつかない事態になることもある。
人は誰しも、先入観を持っている。
だから、人の話を聞くときに、知らず知らずのうちに主観が入ってしまう。
個人的見解を入れようと思って入れているわけではないので、
本人も気づかないことが多い。
ミスコミュニケーションの入り口とも言える。

アウトプットも同様で、
Aと伝えようと思ったのに、A'のように伝わってしまう。
それならまだいいが、BやCのように伝わってしまうことがある。
こうした「伝言ゲーム」は、一人を介しただけでも正確性が失われるのに、
複数名を介した先のカオスは避けられない。

茶道を極めた千利休以上に茶道に詳しい人や極意を極めている人はいないと
言われているが、利休からすると、彼がしている事は「当たり前」の事でしかなく、
利休自身もいつもその「当たり前」が出来ているわけではないので、
当たり前がいつでもどこでも出来る人というのは、
自分以上の人物であると語っていたようだ。

要するに、普段から慣れ親しんでいるような事の実行が簡単そうで一番難しい。
そう思った方が良さそうだ。
無意識のうちに湧いてくる主観に気づくのは簡単ではないが、
そこを認識出来ない限りビジネスは成立しない。

ビジネス領域で人の人生に関与する人材紹介業では、
自身の先入観を持たないことを意識し、日々の業務を行っている。
正確なインプットだけではなく、
自身のアウトプットやアクションに気を付けていきたいものだ。
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