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心得

2020-04-28
コロナウイルスの経済への影響が日増しに大きくなっている。
外食産業をはじめとし、サービス業全体への影響が著しい。
この先はグローバル展開している大手製造業だけではなく、関連している
サプライヤー企業への影響も図りしれないものになるだろう。
そのような状況下において、国は救済支援として、企業・個人向けの給付金、助成金。
支援を決定。当然、対象になる企業・個人に一定のルールが存在するのだが。

赤字国債の大きい日本が大盤振る舞いをしたら、国の財政はどうなるのだろうか・・・
これは経済不況に直面している企業にも同じことが言えるのではないか。
アメリカの元大統領ケネディは、就任演説で、
「国が何をしてくれるかではなく、自分は何ができるかを問うてほしい」、と言った。
国に対しても、会社に対しても、同じことが言えるのではないだろうか。

コロナウイルスの被害者は、一般生活者だけでなく、ひとつひとつの会社や国の
全員が対象だろう。勤務している会社が倒産された方等はともかくとして、
無事に過ごせている人は、雇用を守ってくれている勤務先のために
何ができるかを考えるべきではないだろうか。
近所のよく行く飲食店においても店内での飲食は出来なくなったが、メニューを
テイクアウト用に開発し展開している。
濃厚接触を避ける為、「働き方」に変える必要はあっても、ビジネスマンとしての
「心得」は変えるべきではないだろう。
今の状況で、できる事は何かを考え、実行する事が、コロナショック後に停滞する
経済状況を明るくすることに繋がるのだろう。
それが、社会人として「働く」ということだと思う。
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ひらめきのちょい足し

2020-04-20
家にいる時間が増えたことで、最近ハマっているのが「料理」だ。
手が込んだ料理ではなく、肉じゃがやオムライス、創作パスタなど
本当に一般的なものなので、ハマっているというには大げさかもしれないが・・。

料理が好きな理由はいくつかある。
1つは、作っている間は作ることだけに集中しているため、無心になれること。
2つ目に、出来上がった時に小さな達成感があること。
3つ目に、“ちょい足し”が生むおいしさの発見に面白さがあること。

3つ目が分かりにくいかもしれないので補足させていただこう。
実は料理をするのは好きだが、味付けは計量スプーンを使わずに目分量と感覚で調整している。
パンチが足りないなと思ったら胡椒を入れてみたり、
コクが欲しいなと思ったらマヨネーズを入れてみたりする、という適当な料理だ。
しかし、このちょっと足す一味が、感動する味に仕上げてくれる時がある。
この発見が楽しい。

このひらめきの感覚、料理以外でもどこかで同じ感覚を持ったことがある気がすると考えてみたら、
マッチングの感覚と似ていることに気が付いた。

転職希望者にも取引先企業にも、期待以上の感動を生む提案をするためには、
料理と同様に、基本に忠実でありつつも、レシピ通りの調味料を揃えてもダメなのだ。
どういう会場で、どんな人たちと食べるのか、どんな文化背景を持つ人たちの集まりなのか、
そのような全体観をとらえてこそ、感動を生む味を提供することができる。

「目指す味」は採用企業が求めているスキルや人物像、
その味に合う人がどんなテクニカルスキル・ヒューマンスキルを持つ人なのかを想像する。
必ずしも全ての調味料(スキルや資格)が揃っていなくても、
ちょい足し(経験や人柄)が感動を生む味になることがある。
そのちょい足しすべきものが何かを想像することは難しいだが、ここは料理も同じ。

また、必ずしも転職希望者側だけに何かを足すわけではない。
企業が目指す経営や事業の方向性の中で、どんなエッセンスが加わることで
期待以上の事業運営に繋がり、感動を生むことができるのかを想像するのも、ちょい足しだ。

このちょい足しに欠かせないのが、「想像力」である。
イメージする味に近づかせるために何が足りないのかを想像して、
イメージ(の味)に近い調味料や食材を入れるわけだが、
どこかで食べたことがあるものだからこそ想像できるものだ。
目指す味が分からなければ何を足すべきか想像のしょうがない。
つまり、想像するためには、どこかでそれを「経験」している必要があるということ。

沢山の経験をすることで、想像できる範囲が広がるということだとすれば、
一見無駄だと思うような経験も、未来の糧になっている。
成功も失敗も、嬉しいことも悲しいことも、
様々な経験は、味のバリエーションに繋がっているのだ。

一つ一つの経験や出会いを大切にしながら、
転職希望者や取引先企業に深みのある味を提供できるように、
そして、自らにも一味足せるような人間になりたいものだと思う。
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「言葉の力」

2020-04-14
新型コロナウイルス関連の報道。

・国連事務総長が「戦後最大の危機」と述べ、国際協力を求めた。
・英国のエリザベス女王が、異例のテレビ演説を行い、「私たちが団結し、
強い意思を持ち続ければ、打ち勝つことができる」と国民に連帯を呼び掛けた。
・日本のノーベル賞受賞者が、
 「人類は感染症との戦いに勝利してきた。今回も必ず勝利する」と述べた。

一連の報道を見て、映画「英国王のスピーチ」を思い出した。
映画の中で、第二次世界大戦の開始時に、ときの英国王が国民に向けて演説する。
国民に勇気を与えたと言われるこの演説は、ある有名な言葉で締めくくられている。
"We shall prevail."

この言葉は、日本語でシンプルに訳すと「我々は勝つ」だが、
それでは表現しきれないニュアンスが含まれている。
willが人の意志を表すのに対し、shallは神の意志を表すという。
人間の決意に留まらず、物事の理として、そうなるということだろう。
prevailは、この文脈では「勝つ」だが、「広く行き渡る」「普及する」という意味もある。
勝つ側が世界を覆うというイメージだとすれば、
単に打ち勝つというよりも、完全に勝つという感じがする。
そんなことを考えてこの言葉を調べていたら、現在のマレーシア国王が、
コロナウイルスに関する演説の中で、"We shall prevail."と言っている記事を見かけた。
元英国領の国ということもあり、国民を鼓舞するという思いを込めて、引用したのだろう。

人の心理は良くも悪くも伝染しやすいという特徴がある。
最近、実際は在庫が十分にあるにもかかわらず、トイレットペーパーがなくなるという噂で、
人々が買いだめに走り、トイレットペーパーが店頭から姿を消すという騒動があった。
昭和初期には、ある銀行が破綻した、という大臣の発言を機に(実際には破綻していなかった)、
取り付け騒ぎが発生し、その銀行が本当に経営破綻してしまった。
この事件は昭和金融恐慌の原因となった。言葉は人の心理を左右する。その影響は、本当に大きい。

これまでの歴史の中で、人類は困難に何度も直面しながらも、不屈の精神で打ち克ってきた。
世界的な混乱の中で、できることは少ないように見えるかもしれないが、
その中でも道を見出したいものだ。

歌手のボン・ジョビィは、この難局におけるメッセージとして、歌を作った。
「普段できることができないなら、今できることをしよう」。
実にシンプルな言葉だが、そうであるが故に、力強い。

難局においても、未来を切り拓くため、前向きな態度、前向きな言葉遣いを心掛けたいものだ。
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一人一人の意識

2020-04-03
連日の報道で嫌というほど「コロナウイルス」と耳にしている状況でも、
電車内、駅構内でマスクを着用していない人を結構な頻度で見かける。

もちろん、手に入らないという人は仕方がないのだが、
そもそもマスクを軽視して着用していない人にはある共通項がある。
それは「自分だけの世界で生きている人」という雰囲気である。
電車内では広くスペースを使い、音楽を大音量で聞く、
手で押さえずに大きなくしゃみをする。
おそらく、普段からそうなのだろう。

これでは周囲の方がいくら気をつけても
たった一人のモラルの無さや意識の低さから
社会全体で取り組んでいる予防効果も意味をなさなくなってしまう。
自宅であれば、ルールは自らが決めるので好き放題でも構わないだろう。
しかし、家から一歩出れば、社会のルールに従うことが大前提になる。

これがもし家族に感染した場合、どのような対応になるだろうか。
おそらく自分でもマスクをするだろうし、他人にもしてほしいと感じるだろう。
こういう人は、マスクが買えないからしないのではなく、
自分には関係のないことだという思いがあり、
まるで別世界の出来事かのように捉えているはずだ。

人と共存するというのは空間を共有することでもある。
これは公共の乗り物や施設、オフィス、飲食店など全てに同じことが言える。
その文脈で言えば、自粛せず夜な夜な繁華街に繰り出す若者も然り、
マスクや日用品を買い占めたりドラッグストアの従業員を怒鳴り散らすご高齢の方も然り、
「個の世界の住人」という事になる。

政府が正しい判断と実行力を持っているか試されているのと同じ様に、
日本国民全員もまた、「社会の住人」としてのモラルを試されている。
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