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カスタマイズ

2018-10-29
現代は、物に溢れている時代。
そういえば、「どうしても欲しい!」と思えるようなものってないかもしれない。
物欲のない時代に「欲しい」という欲求を作り出すことが課題である、とのこと。

「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」という法則がある。
そういわれると、機会を逃すまいと「欲しい」という気持ちになってくる。
「セールは今日までなんですよ。」「このジャケットは人気があって、あと1着しか残ってないんですよ。」
などという店舗でのセールストークはよく耳にするが、
最近では「あなただけ」というのが特に増えているらしい。

自分だけのために作れた商品。
例えば、自分のためだけのシャンプーとコンディショナーというものがあるらしい。
インターネット上でいくつかの質問に答えて、自分の髪の状態に合わせて処方をしてくれ、
数週間後に自宅に届くというカスタマイズ商品。
他にも、他の人とは被らない、色も形もオーダーメイドの低価格帯のバッグや、
自分の足の形にあった低価格帯のオーダーメイド靴が人気らしい。
すべて、インターネット上でもオーダーが可能な物。

実際、「そんなカスタムメイドなものがあるのね」と記事を読んでいるうちに、
オーダーメイドシャンプーにすごく興味が出てきて、メーカーのサイトを訪れると、
記事が掲載されたことで製造がパンクしてしまったのか、「製造一時中止」となっていた。
ガッカリ、、そうなると、余計に欲しくなる・・。

世の中が物で溢れ、デジタルの時代の今、情報も溢れている。
情報を得ようと思えばいたるところに情報はあるが、
何が本当に良いのか、自分に合っているのかわらかなくなる。
情報が溢れているからこそ、「自分に合ったもの」を知りたい、選択したい。

求人探しでも同じだ。
今はインターネット上に求人案件の情報がたくさんあって、
片っ端から応募することだって可能だ。
でも人は、そうしない。
何でも良いわけではないし、自分に合った職場・仕事、目的にあったキャリアを選びたい。
「あなただけ」のカスタマイズが必要なのだ。

私たちの提案は、その人を知ることから始まる。
仕事の仕方、人とのかかわり方、仕事のこだわり、これからのキャリア構築には何が必要か、
どんな環境で活躍しそうなのか、すべてがカスタマイズ。

これまで当たり前にやってきたことだけれど、
今の時代だからこそ、カスタマイズされた提案は、これまで以上のニーズがあるのかもしれない。
逆を言えば、エージェントの本質が問われ、淘汰されていくということだ。

70歳まで働く時代に突入しつつある今、
今だけのキャリアではなく、これからずっと先も、周りや会社から必要とされるキャリア構築ができるよう、
その方に本当に合ったご提案ができるよう日々精進したい。
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人の営み

2018-10-22
私たちはキャリアコンサルタントの会社だが、
目指すところとしては、ライフコンサルタントに近い。
そのため、採用に限らず、人の一生に関わる情報を
なるべくフォローするようにしている。
こう書くと漠然としているが、要はカバーすべき範囲が広い。

仕事柄、話す機会は多い。
転職を希望される方にお話しするだけでなく、
企業様に呼ばれて、採用について説明する場合もある。
話す際に求められる水準は高い。
アウトプットするには、絶え間ないインプットが必要になる。
世の中の流れは速く、トレンドや技術は時間とともに、
どんどん変わっていくので、絶えざるアップデートが必要になる。

インプットには様々なやり方があるが、一つの方法として、
全員が読書を重視している。基本的にそれぞれの自主性を重視しているが、
会社として良書と判断したものは、都度、社員に推奨する。
コアのコンサルタントの読書量はどのくらいですかと、
時々人に聞かれることがあるが、答えを聞いた人は、だいたい驚かれる。

しかし、読むこと自体は時間を確保すれば別にむずかしくない。
肝心なのは、学んだことを、いかに実践するか、
自分の血肉となったものを、人によって異なる状況に応じて、
わかりやすく伝えられるかだと思う。

読書は対話に似ている。
正解はないが、著者の思いを想像する。
どこから学んだのかを忘れるくらい実践して、時に人に伝える。
人の一生には限りがあるが、こうして人の営みは連綿として続いていくのだと思う。
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非合理の中にある合理性

2018-10-16
学者いわく、人間はかなり非合理的な生き物だそうです。
一般的に人間は基本的に自分に有利になるように行動する動物と言われ、
頭を使って合理的に行動するものだと思われています。
しかし、私たちは日常生活でかなり頻繁に非合理的な行動をとっています。
それは知らず知らずのうちに選択しているもの、
わかっていながらあえて選択しているものがあります。

もちろん、全ての行動が合理的である必要はないと思いますが、
やはり、知らず知らずのうちに非合理的な行動をとっていることは少々考えものです。
自分では合理的だと思っていたり、特に何とも思わなかったりするものが
実は非合理的な選択だったというのは、長い人生の中で大きな損失になるかもしれません。

ちなみに、似たような言葉に「不合理」というものがあります。
不合理と非合理は、意味の異なるもので一緒にしてはなりません。
「不合理」は道理に合わず、また論理的にも筋が通らない矛盾をいいます。
たとえば、“私の兄は、私より齢が下である”と言うのは不合理です。

「非合理」は哲学用語で、合理的な知性では理解できない、
論理を超えた認識のことをいいます。
だから、芸術的価値というのも非合理性に基づいて存在します。
「悪魔に神を見る」だったり、「石の上にも三年」などもそうです。
しかし、われわれが生きているこの世界には、
そうした比喩的表現を借りなければ表現できない真理があるという事実を知るべきです。

人間は想像以上に非合理的な生き物である、という事です。
また、世の中にはそれを利用しようとする人が大勢いるのも事実です。
しかし、人間が完璧に合理的ならよりよい社会になるかというと、おそらくそれもないと思います。

人間がすべて合理的な選択をしたら、多くの会社が倒産してしまいます。
考えられる範囲でも、訪問販売はすたれ、宝くじは売れなくなり、営業の仕事も激減すると思います。
パチンコ、証券会社、銀行、コンビニも苦境に陥るでしょうね。
どんなにいい商品を出しても、すぐに競合が生まれ一度ついた顧客は一斉にいなくなります。
これでは安心して将来設計をすることも困難でしょうし、
顧客との「信頼関係」という概念も消失してしまいます。

よくわからないけど皆使ってるからこの商品、とりあえずいつも買ってる商品を買おう、
営業マンの人柄がいいから買ってみよう、こういう非合理な人が一定層いるからこそ
合理性が保たれ、世の中が回っていることも一つの真実だと思います。
つまるところ、適度に非合理である事を許容できる社会の方が幸せ…ということかもしれません。
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いつ、何時でも、学ぶ姿勢を

2018-10-10
最近、予備校講師の授業を動画配信するサービスが好調だったり、
社会人向けの勉強指南本も人気で、よく売れているらしい。
人生100年時代に備えて、学びなおしが一つのブームになっている。

政府も後押しする、この学びなおし。
日本人が意識してきた普通の働き方の共通認識が、
急速に変化してきている一つの現れだろう。
何かが大きく変わろうとする時、そこに期待を寄せる心理もあるが、
一方では強烈な不安を抱く人も多くいるはずだ。

特に、マネジメント層においてはその変化についていけずに、
大きな戸惑いを感じる人も多いだろう。
今まで積み重ねてきたものを守る事で手いっぱいなのに、
勉強なんて何をいまさら、となっても仕方がない事だとも思う。
しかし、本当はそういう状況の人(私も含めて)こそ、
何かを学ぼうという「姿勢」は必要なのかもしれない。
「自分は正しい」「どうせ変わらない」という意識の縛りが血栓不良を起こす。
マネジメント層の病巣は、当然若手にも伝染していくので責任も重い。
凝り固まった状態に一日も早く手を打つ必要があるのだ。

別に、真新しい事に手を付ける必要はない。
目の前の環境、今の材料でできる事がまだまだあるはずだと、
この機会に振り返りをしてみるだけでも違うと思う
(例えば、転職せずとも職務経歴書を作ってみるのは有効だと思います)。

そんな事を考えながら今日の新聞を読んでいたら、
一面に「雇用継続を65歳以上に」という記事が掲載されていた。
職業人生はこれからさらに長くなる。
学び続ける意識が、ますます重要になってきそうだ。
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伝え方で大切な事

2018-10-01
最近、書店に行きました。
常に一定量、伝え方についての書籍が売上ランキングの上位にあるのですが、
とどのつまり、自分の考えや想いを伝えるという行為が非常に難しいもので、
日常の様々なシーンで「もっと上手く伝えられれば結果は異なっていただろうな・・・」
と思われる方がいかに多いか、という事だと思います。

私も伝え方についての研鑽のため、ランキング情事の本を参考にしてみたり、
時には伝え方が上手なコメンテーターの真似をしてみたりするものの、
イメージのように上手くいきません。

例えば、
・○○法を使うと伝わり易いですよ。
・マクロとミクロの視点から話すと、聞き手は理解しやすいですよ。
・映像化すると次から次へと話せますよ。

など、その方の伝え方のパターンみたいなものがあり、
それを自分が使用した場合、それなりの効果はある様には思います。
しかし重要と感じるのは、テクニックよりも伝える本人の感情が込められているかどうか、
それが自然と臨場感のある表現に繋がっているかどうか、という部分です。

つまり、先述した○○法のようなテクニックを使用することは、
相手側にとって理解しやすく、聞き心地は悪くはないものの、
その一方で技術を優先して伝えたい想いが希薄になってしまった場合、
相手側の感情を揺さぶるという領域には到達できないと思っています。

こう考えると、最終的には、計算された段取りよりも、
不器用ながらも、目の前の方に合わせ、懸命に自分の想いを伝える事こそが、
一番、聞き手にとっては、シンプルに心に響くのかもしれません。

伝え方については、クール且つロジカルに。
伝えたい想いについては、ホット且つアナログに。
これからも伝え方を研鑽することで、今の仕事に役立てていきたいと思います。
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