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変化

2017-12-25
今年のノーベル文学賞は、日本出身のイギリス人作家、
カズオ・イシグロが受賞して話題になった。
ノーベル文学賞というと、川端康成や大江健三郎のように、
いわゆる重鎮という感じの作家をイメージするが、
イシグロは、丸首のTシャツにジャケットという格好で気さくにインタビューに応じ、
非常に親しみやすい人という印象があった。
ノーベル文学賞といえば、昨年は、シンガーソングライターのボブ・ディランが受賞した。
彼も、「権威」というイメージからは程遠い。むしろ、体制に対して異議を唱える人で、
そもそも小説家ではなく歌手だ。受賞者の顔ぶれから、時代の変化を感じる。

イシグロとディランの共通点を考えてみると、二人とも、自分の作風を変化させ続けている。
イシグロは、デビュー作で、自身の出身地である日本を登場させているが、
その後、映画化された代表作の一つでは、日本的なモノは姿を見せず、
古き良きイギリスを舞台に小説を書いている。
また、その後、映画化された別の作品では、近未来の世界の小説を書いている。
既に成功したのに、大きく作風を変えることが恐くないのだろうか? とも思うが、
本人にとっては、昔の自分にしがみついて、変わらないことの方が恐いのかもしれない。
Change or Die(変化か死か)という言葉があるが、長期的に成功する人ほど、
自分の型にこだわらず、変化に対して柔軟である気がする。
「手塚治虫文化賞」を二度受賞した唯一の漫画家である浦沢直樹は、
バブル時代に、誰もが応援したくなるヒロイン「YAWARA!」を描いて名声を上げた後、
一転して、ポスト・バブル期に、テニスを題材にした「HAPPY!」で、
悪役を背負わされる薄幸のヒロインを描いている。

上記のChange or Dieではないが、弊社COREでは、Change OR Evolution(変化か変革か)
というメッセージを掲げている(弊社の名前は上記の頭文字を取ったものでもある)。
「働き方改革」ではないが、転職希望者様が、働く場所の変化ではなく、
働き方の変革を遂げられ、企業様の変革に貢献される為に、
私達も、キャリアコンサルティング、例えば雇用市場・転職市場における
重要ポイントのご案内等に努めている。
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顧客との関係構築、自身の成長測定

2017-12-18
世の中にある営業というものには様々なスタイルが存在します。
店舗に来客されてからの初対面から始まるケース。
得意先との一本の電話からスタートするケース。
既存顧客との引継ぎから新たな人間関係と顧客関係が生まれるケースなど。

人間のイメージとは恐ろしいもので、
様々なスタイルの営業マンの接遇で「また来よう」「またあの人に会いたい」と
思うような気持ちにさせることが出来るのが「ホスピタリティ」ではないかと私は思います。
サービス業(接客業)の中の用語として使われることが多いのですが、
企業対企業の商談も同じで、お迎えする会社側は「社屋の格や企業対応」を問われますし、
往訪している側は「身だしなみや力量」を問われます。

往訪する側の力量の中には、前回、往訪時にお話しした内容などを展開できるか等の
「対人スキル、コミュニケーション能力」はとりわけ見られることが多いように思います。
顧客とのリレーションを大事に出来るか否かは営業マンの生命線とも言えるからです。

初回、二回目、三回目と会うたびにその方の個性が見えてきますし、さらに深く見られるものです。
定期的に合う方や慣れ親しんだ関係の方とはこの感覚が薄れていきます。
ここは、ある意味で友達感覚であり、『この前、何の話したっけ?』が通用してしまいます。
実はビジネスに必要な感覚、自らの力量を図るために持つべき感覚は
「次回に会うまでに成長する」⇒これは中長期(近未来的思考)
「次こうしよう」、「次こうしてあげよう」⇒現在から未来を予知してこうあるべき
提案が生まれる(失敗してもかまわない)ものだと思います。

人間十人十色で「相性の良い人、相性の悪い人」はいると思います。
多くの人間性や性格、行動パターンに触れることで体内や脳内経験値に蓄積されていきます。

自分自身もこれまでの人生において、苦手な方との関わりを避けてきた傾向がありました。
もっと言えば、親もそうですが、自分を思ってくれている人こそ避けてきたように思います。
社会に出て、ようやく気づいたことでもありましたが、そういう存在の人から言われることに
とにかく耳を傾けてみると、自ずと答えが見えてくるように思えるようになりました。

世の中から自分自身はどう映っているのか?足元を見失っていないか?
「相手も自社や自分の成績が関わることがあるので牽制している。」
「自分を戒めてくれる人(自分に意見してくれる人)こそ自分をよく研究している」と思い、
接触することで強くなると考えるようになりました。

「食わず嫌い」という言葉がありますが、「何でもやってみる」という心の持ちようが大事で
無駄な経験値(プライド)が邪魔をして、トライできなくなっている時があります。
自身の歩んできたことを振り返りながらも目の前のことに全力で取り組むことが
見えない先にある光に通ずる道であり、振り返った時に後悔のない決断だったと
思えるのではないでしょうか。


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強者の品格

2017-12-12
相撲に関するニュースが世間を騒がせていますが、
その議論の一つに「品格」という言葉がよく出てきます。
「横綱の品格としていかがなものか」という感じで。

100キロを超す大男がぶつかり合い、
投げ飛ばして勝敗を決するのが相撲ですが、
その激しさと相反するイメージの「品格」が
殊更強調されるのもなんだか不思議な気がします。
でも考えてみれば「体が大きくて腕力が強い、そして粗暴である」。
もし力士がそんな存在だったとしたら、とてもじゃないですが
国技としての価値は見い出せなかったでしょうし、
相撲という存在自体がとっくに無くなっていたかもしれません。

『心技体』が求められるこの世界は、
ただ強ければそれでいいではなくて、相撲道という言葉が表すように
精神面の充実に価値を見出すことは、とても貴いと感じます。
でも一方で、それが戦いの場所である以上、
まずは「勝つ事」を最優先とする感覚がなければお話になりません。
もし弱ければどんなに凛としていても世間は話題にすらしないでしょう。
『最強の強さ』と『最高の品格』
横綱という存在には、その両方が求められるという事になります。

でも実際には角界のみならず、一般の会社でも当てはまる事だと思います。
強さ(ブランド、シェア等)と品格(志、理念等)。
どちらが欠けても企業は長続きしません。
一時代を築いた企業でも時代が変わればニーズも変わり、
これまで通りに頑張っていても斜陽になる事も十分にありますので、
世のビジネスマンが挑む土俵もつくづくシビアだと感じます。

今年も多くの名門企業、いわば業界の横綱と言える企業で不祥事が相次ぎました。
どの企業にも強さと品格を兼ね備えていた時代があったはずですが、
どこかで、横綱状態をキープする事に本題がすり替わってしまったのかもれません。
どんどんベクトルが内向きになって行く中で、品格はないがしろにされ、
やったもん勝ち、ばれなければOK、という風に禁じ手に走った様に思えます。

今回の騒動で引退する事になった日馬富士が第70代横綱に昇進した際の口上は、
「横綱の自覚を持って全身全霊で相撲道に精進します」だったそうです。
ストレートに品格追求の王道を行く内容だったことが、何とも皮肉な感じがします。
ひょっとすると、自分の弱さを前提とした自戒を込めた言葉だったのかもしれません。
企業も力士も、ファンやユーザーを裏切っては商売にならないという事だと思います。
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綺麗な言い回しか自分の言葉か

2017-12-04
言葉というものは、自分を助けるものでもあり、
逆に自分の首を閉めてしまうとても気を付けなければならないものだと痛感します。
言うまでもなく、ビジネスにおいては特に気をつけなければなりません。
自分の発言で人生は大きく変わっていきます。

こんな話があります。
とある会社の代表が大勢の社員の前でスピーチをした時、
君達は会社の歯車として頑張るべきだと力説をしたそうです。
力説している本人としては、「一人一人が自分の役割をしっかり果たしてほしい」
と言う意図で発した言葉が、
社員から聞いたら全く別の意味に捉えられていたと言うお話です。
そしてこの社長はその後、社員からの信用を失ってしまいました。
このように言い回しひとつで展開が大きく変わることが度々発生するのは世の常です。

私共の会社では、聞き手に誤解を与えないように、
また解りやすいように伝えるかを皆で考え、共有しています。
例えば、子供相手に難しい言語を並べて説明したところで、
こちらの伝えたい内容は殆ど理解してもらえません。
子供にも解りやすい言葉と表現を使いながら 、伝えると言う事が何よりも重要です。
これは大人の世界でも同じ事が言え、極力難しい言葉を使わないようにしようと心掛けています。

更にこれに加えて重要な事があります。
それは『自分の言葉で伝える』と言う事です。

実体験に基づいた話は、脳内でイメージ出来ているものを話せば良いので、
具体的な表現が発せられることから、聞き手に解りやすいものとなります。
一方、実体験したことのない出来事を人に伝える事がありますが、
イメージは出来ているものの、意外と伝えきるのは難しいものです。
これは自分の中に完全に落とし込めていないため、
表現があやふやになっているからに他なりません。
そのあやふやな言葉をいくら発しても、聞き手には、理解していないと悟られてしまい、
チープなものに聞こえてしまいます。

ではどのようにして、実体験したかのように自分の中に落とし込んでいくのか。
それを解りやすく発信して行くのか。
これは、そのものがどう言うものかを調べ、そして自分の性格と照らし合わせ、
自分がどう感じるかを考え抜き、その上で伝える必要があります。
例えばプロ野球選手を語る場合、
・早朝からのトレーニング
・徹底管理された食事
・チーム内の熾烈な競争
・ゲームでの想像以上のプレッシャー
・試合後の身体のメンテナンス
など、ほんの一例ですが、これを日々繰り返すことにより、この仕事がどれだけ素晴らしいのか、
その一方で心身共にどれだけ疲弊するのか。自分に置き換えると、この生活はどう感じるのか。
これを深く自分と言う人間とリンクさせながら理解して行く必要があります。

その上で自分の言葉で具体的に表現する事で、初めて聞き手に伝わるものです。
またここでも伝えきるには、言い回しが重要になる事は言うまでもありませんが、
綺麗な言い回し以上に、不器用でも自分の言葉、気持ちを乗せて発信すると言う事が何よりも重要であり、
人に伝わる方法であると言う事にたどり着きます。

私も、日々『自分の言葉で伝える』ということの難しさを肌で感じることで、
語彙の問題や頭の回転と言う側面に意識が行ってしまいがちですが、本質的なところでは綺麗な言い回しよりも、
自分の言葉で伝えると言うことの方が聞き手には響くのではないかと感じております。
その点を理解しながら、これからも日々、伝えるということについて取り組んで行きたいと思っております。
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