コア☆レア

2015-08-25
原材料、価格以上の価値を生みだすことに、各社必死になっている。
「コト消費」や「価値消費」など付加価値を売りものにする商品が市場を席巻している。
しかし、取ってつけたような商品やサービスも多く、こぞって取り組むため
「差別化」のための戦略が「同一化」しつつある。
そんな2015年、「レアもの」に焦点を当てることでヒントを見つけ出す。


レアものとは「珍しい、めったに手に入らないもの」などの意味の表現や
「稀少性が高くめったに発見できないもの」を指す語と定義されている。
高度経済成長を経て、バブルが弾け、すべてが出揃った飽和状態を超えて、
この「レア」という言葉が注目されたのは必然ではないだろうか。

社会の発展と共に必要なものは全て揃った時、「安かろう悪かろう」のように、
高ければ正義のような価値観は崩れ始め、「量から質」へ転換した社会状況の中で
当然のように現れたのである。

ビンテージデニムのブームを皮切りに様々な価値が生まれてから
30年近く経過するが、「レア」という言葉は確実に市民権を得ているように見える。
数千円のジーンズが何十万円の価格に高騰したが
我々は素直に「価値」として受け入れていたのである。

ではなぜ「価値」が生まれたのだろうか。

「稀少」だから価値があるという簡単なものではないはずである。
大きくとらえると「世界に1つしかない」ものは無限に存在する。
自由度が高く、ある意味「同様の事例はたくさんある」ものである。
ビンテージデニムを言い換えると「以前は使われていた素材、製法が工業化、
コストダウンで使われなくなった。生産されなくなったものの価値が見直された製品」であろう。

「価値」を生むには「根拠」や「ストーリー」が欠かせなく、
故意的ではなく自然発生したものであるといえる。
仮に「限定○○個」と商業的に「レア」を作ろうとしても、結果陳腐なものになり、
誰からも忘れ去られるであろう。

我々の人材ビジネスも、正に求職者様の学歴や年収、キャリアの中、
もしくはそこ以外から「価値」の根拠を見つけ出し、
自然発生のヒューマンスキルを企業に売り込んでいくことが重要であるとつくづく感じる。

そんな日々の愚直で丁寧な仕事の積み重ねこそが、
コアを他社とはちがう圧倒的な「レア」な企業にする。
その手応え、達成感を夢見て今日も業務に邁進します。
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単純なルールで大きな差

2015-08-17
何気ない日常の中でも、段取り力の違いを感じる事があります。
例えば、旅行の計画や年末の大掃除、あるいは接待の場面など。
気の利いたことを当たり前のように実行する人がいます。

その行動に関心や感謝をしつつも、よくよく考えると
「どうして自分は気づけなかったんだろう?」
と思うくらい、小さな配慮の差だったりします。
しかし、その場で気づける事、あるいは実行できる事、
これ自体に大きな価値があり、差がつくのであって、
その内容が高度かどうかはあまり重要ではありません。

段取り力というのは「仕事がデキる、デキない」に
非常に強く相関している能力の一つだと思います。
この能力の差には様々な要因があると思いますが、
個人的に最近思うのは「とりあえず唾をつけてみる」
という感覚がとても重要だという事です。

物事には期限や相手が存在するという前提は、
ほとんどのケースであてはまると思います。
そんな中で、与えられた課題を大事に箱に収めたままに
しておく時間が長ければ長いほど、結局は触れたり考えたりする
回数や時間が少なくなるため、その仕上がりも期待値を超えられなかったり、
自分も納得できなかったりする事が多くなってしまいます(非常に単純な話ですが)。
それなりの仕込みの時間が用意できないと、どんなに腕がいい料理人でも
熟成された味には到達できないのと同じですね。

日頃から何か与えられた役割や課題について、
「とにかく早く取り掛かること」そして
「いきなり完璧に仕上げるのではなく何度も見返し形を整えていく事」
これを意識するだけでも、いざという場面で慌てる事は激減すると思います。

大人になればなるほど、「よーい、ドン」で始まる勝負は少なくなり、
どちらかというと事前の準備や行動習慣によって大きな差がつき、
成否が決まってしまう事が多くなると思います。
元々の能力の差というのもあると思いますが、ほとんどのケースは、
小さい心がけの積み重ねを怠らない事、それが大きな差となっている気がします。
やはり、誰もが認める様な「デキる人」は1日にしてならずの様です。
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人生の山登り2

2015-08-10
以前、このブログで「人生の山登り」を書かせていただいたが、
仕事において自分の大きな夢を実現するという「雲を掴むような壮大なテーマ」のもと、
新しい職場で人材紹介業という名の山登りを始めて数ヶ月が経つ。
相変わらず目の前の山は、実に険しく立ちはだかっている。

しかし、最近は山道の幅や土質といった登る上での環境と自分の登るペースが
徐々に理解出来てきた感がある。
とは言ってもまだまだ序盤、つまずく事や転ぶ事も多々ある。
そんな中で「事前準備」が自分には足りないところがあると思った。

山登りには山登りなりの準備が必要、水中ダイビングでは水中ダイビングなりの準備が必要である。
当然と言えば当然だが、経験のある人間には他愛もないことが新人の私にはその準備はなかなか難しい。

それは「経験からの予測」ができていないからである。
準備とは予測から成り立つもので、予測とは少し思考をこらせばできるものである。
結論、準備の足りない私には思考が欠けているということになる。

我々の仕事に置き換えるとこの「思考」が重要な部分であり、思考が欠けていると
優れたサービスには繋がらない。何故なら、人と人とを繋げていく仕事において、
場当たり的な判断や行動では、物事を多面的に見ることが出来ないからだ。

我々は人と人とを繋げる仕事である。
双方の目線にたって「思考」しなければ成功できない。この思考というものが
今の私のテーマであることは間違いない。
これから得ていくであろう経験をこれから遭遇するであろう課題に応用できるよう置き換え、
場当たり的に考えて行動するのではなく、
思考し、予測し、課題に対してベストな解決ができるように成長していきたい。
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脱他力本願

2015-08-03
先日、駅の構内で具合を悪そうにしている男性を見掛けた。通勤ラッシュだった
こともあり、その男性の周りを多くの人が行き交っていましたが、しばらくの間、
その男性に声を掛ける人がいませんでした。

その状況は心理学用語で言うところの、「リンゲルマン効果」に近い現象であったと考えられます。
それは集団になればなる程、誰かが何とかしてくれるだろうという
手抜きの心理が無意識のうちに働いてしまう現象のことです。
男性の周りに少人数の人しかいない場合、もしくは自分しかいない場合、
恐らく迷わずその男性に声を掛けることでしょう。
ところが、多くの人がいたことで、誰かが何とかしてくれると皆が考えた結果だったのであろう。

因みに、ドイツの心理学者である、マクシミリアン・リンゲルマンが100年以上前に
行った研究は、運動会でお馴染みの綱引きを使っての実験である。

1人で引いた時の力を100とすると
2人で引いた時の1人当たりの力は93になり
3人で引いた時の1人当たりの力は85になる
そして最終的に
8人で引いた時の1人当たりの力はなんと49まで下がるようです。

小学生時代によく運動会で頑張っていた綱引きが、自分の実力の半分も出せていなかったとは驚きです。
この現象はビジネスの現場でも日々起こっていると思います。大企業だけではなく、
成長企業においても社員が増えれば増える程、無責任な社員が増えているように感じます。
自分が動かなくても、周りの誰かが何とかしてくれるのではないか・・・と考えている
「指示待ち症候群」的な社員に悩んでいる企業も多いのでは。

社員の一人ひとりが、目的意識を持ち、自分の目標に立ち向かうことで、
他力本願の社員が存在しない、本当に意味でのプロフェッショナル集団になるのだろう。
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