真の仕事人~プロの仕事とは~

2014-07-28
最近、舞台にはまって月に数回、舞台鑑賞することが習慣化しつつあります。
最近観た「ミスサイゴン」というミュージカルでは「これぞ舞台の醍醐味」というのを味わうことが出来ました。
作品自体は以前にも観たことがありましたが、今回は新演出版ということもあり、
ヘリコプターや爆竹の爆音などリアルを追及したスペクタクルな演出に、完ぺきなミスサイゴンの世界観を感じました。
しかし、今回一番魅了されたのは、キャスト一人ひとりのプロとしての気迫に圧倒され、
生で味わう醍醐味と感動を得られました。

キャストの中でも、市村正親氏のエンターテイナーとしてのプロフェッショナルさに感動しました。
ミスサイゴンと言えば、1980年代から世界中で上演され続けているミュージカルの定番です。
歴史ある作品にも関わらず、アドリブや笑いを混ぜて役を演じている姿を見て、驚きとともに、偉そうで恐縮ですが感心しました。
ただ芝居をしているだけでは、映画館と同じですが、生の観客を前にした舞台だからこそ、観客を巻き込んだ笑いや涙の一体感を作れる。
それこそが、舞台の醍醐味のように思います。演じている市村氏から「今、この場にいることを楽しんで欲しい」というメッセージが明確に伝わってきました。
市村氏だけではなく、他のキャストも歌から伝わる本気の演技に、役者としてのプロさを感じました。

自分が相手(お客様)から求められている役割は何か。
その本質を理解し、手を抜かない仕事が出来る人がプロなんじゃないかと、私は思います。
市村氏で言えば、「今日この舞台を見られて良かった。最高の夜を過ごすことが出来た」と感じていただくことだったのかもしれない。
私たちも役者ではないけど、
「うちのこの商品を、もっと多くのお客様に手にとっていただきたい」
「肌トラブルに悩む多くの女性を救うためのスキンケアを開発したい」など、
それぞれの仕事として求められている役割があるはずです。
その役割を全うする為に、日々考え、悩み、失敗と成功を繰り返し、その体験の積み重ねが経験となる。
経験の多さだけではプロとは言えず、そこに高い意識があってこそ、プロとしての仕事ができるようになります。

私自身は迷ったり悩んだりすることも多いのですが、私と出会えてよかった、コアに出会えてよかった、
おかげで今の自分がある、と思っていただけるように、プロとしての仕事ができるよう日々精進したいと思います。

最後に、昨日のニュースで市村氏が早期の胃癌の治療に専念するため、公演を降板することになったと知りました。
市村氏の一日も早い復帰を心よりお祈り申し上げます。
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組織の中での働き方

2014-07-16
ドラマ「半沢直樹」の大ヒットに続いて、池井戸潤氏の小説でドラマ化された「花咲舞が黙ってない」が高視聴率で、最終話を終えた。銀行を舞台とし、主人公の花咲舞が“臨店班”として各支店で起こる問題を解決していくドラマである。
「お言葉を返すようですが」と上司に対しても、真正面から立ち向かっていく姿が、幅広い世代から支持を集めたようである。
最終話では、理不尽な処遇で、出向となった行員と、その家族との別れを行ったあと、花咲は「働くって何なんでしょうか。」と、問いかける。銀行員としての在り方、会社組織の中の一員としての在り方に、疑問を持ち、上司に問いかけたシーンは印象的であった。
ドラマのみならず、書店でも、こういった「組織の中での働き方」をテーマにした書籍は多く、人気も高いようである。
自己啓発本や、できる会社員になる、といった個人を視点にしたものではなく、会社員としての働き方そのものを見直す、といった内容のものや、会社に使われない働き方を提案するものなど、さまざまな視点から「組織の中での働き方」について考えさせられるものが、増えてきたのではないかと思う。
会社の一員だから、振り回されても仕方ない、と考えるのか、一員であってもいかにして自分らしく働くか、
個々人で考え方は、大きく異なるのではないだろうか。

自分なりに“楽しみ”を見出して働いている人は、組織の中であっても自分らしく働いていて、結果・成果もついてくるように感じる。
一方で、会社から言われ、仕方なくそれを行っている人は、会社の一員で終わっていて、自分で自分のチャンスを掴めていないのではないかと感じる。
例えば、同じ部署内で、同じ業務に携わっていても、ある人は「今、新しい発見があって、
この部分は、こういう風に考えると面白いと思った。」と、自分で発見をして、
それを業務内の面白さに繋げ、さらに周囲の人にも、その面白さを発信していた。

一方で、ある人は「毎日毎日、同じ繰り返しだし、早く帰りたい。」と、毎日の業務は、ルーティンワークであり、
面白くも楽しくもないものとなってしまっていた。
前者の人のほうが、生き生きと仕事をしていたし、部署内でもトップの成績を挙げていた。
同じ組織の中で、働くときであっても、「考え方」や「工夫」一つで、ここまで違うのだな、と思った瞬間だった。
組織で働く一員であっても、自分なりの工夫や楽しみを持って、日々仕事をすることで、働き方は大きく異なるのではないだろうか。まずは、仕事の中で、一日一つ、発見をして、それを楽しさに繋げてみるのも良いのではないかと思う。
私の楽しみ方は、出勤・帰宅の間に、一日一つの新しい発見をすること。
道を変えて帰ってみたり、注意を払う部分を変えてみたりする。
先日、会社の窓から、東京タワーの一部が見えることを知って、感動し、夜になるとついつい、光っているか確認してしまう。
またある時は、電車内で、自分の担当企業様の広告が、新しく掲載されていて、
そこから、「今までは電車に広告を出していなかったのに、なぜだろう。」と考えてみた。

この発見がきっかけとなって、先日、先方企業様との会話の一つになった。
このように、外に目を向けてみたり、見方を変えてみたりすると、新しい発見は案外、簡単に見つかるもので、
それが日々の仕事の楽しさや面白さに繋がっていく。


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求人票

2014-07-07
求人票は、多くの方が、ご覧になったことがあると思います。
人材紹介会社では、求職者様に、求人をご案内するとき、求人票を、提示します。
弊社でも、もちろん作成しておりますが、これが、実に、奥の深い代物です。

まず、字数制限があります。
求人票の表面には、事業内容の欄と、会社特徴の欄がありますが、
それぞれ、制限字数が2,000字となっています。

企業様から伺った、こんな点も、あんな魅力も、盛り込みたい……と思っているうちに、
制限字数を超えてしまうことは、珍しくありません。
そのため、内容を削らずに、字数を削るため、頭を悩ませることになります。

また、それぞれの欄に関して、横80字×縦38行という制約もあります。
いたずらに情報を詰め込んで、良い求人票になるかというと、
決してそんなことはありません。上記のスペースに収めながら、読みやすくするため、
適度に、空白や改行も入れ、箇条書き等も使う必要があります。

ある音楽評論家は、モーツァルトを例に挙げて、
「真の芸術家は、制約を逆手に取って、名作を生み出す」と
言ったそうですが、もちろん、私のような凡人には、遠い世界の話です。

なんとか、企業様から伺った話や、調べたことを、スペースに収めることが出来たら、
それで良いかというと、もちろん、そんな事は、ありません。

求職者様の関心に、お応え出来ているか、
企業様の魅力を、しっかりとお伝え出来ているか……?
自己満足や独り善がりに陥らないよう、見直すことが欠かせません。

求人票を、求職者様にご提示するまでは、意外に、多くのプロセスを経ています。
だからこそ、求職者様が、企業様や、求人案件の内容に、
関心を持ってくださった時は、素直に嬉しい瞬間です。

今日の面談で、求職者様に、求人票をお見せしたら、どんな反応が返ってくるだろうか……?
不安である一方、楽しみでもあります。
求職者様からの質問、疑問や、どんな反応でも、その都度、大変勉強になっており、
その次に、活かすよう、取り組ませて頂いております。
弊社に、面談にお越しになる事がございましたら、ぜひ、率直な感想を、お聞かせ頂けますと幸甚です。
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材を持って財を成す

2014-07-03
つい先日、塾講師をしていた時代に勉強を教えていた当時の生徒だった方から、Facebookを通じて連絡がありました。
頭のキレも良く、もともと勤勉な姿勢と意欲を持ち合わせていたことから、あっさりと有名大学に決まり、労せず学生生活に突入した生徒でした。

その生徒からの質問で思い出したことといえば、授業中に「こんな事を知って何になるのか?」という純粋な質問でした。生徒に対しては大学に合格するため、という答えで良いのですが本質的な回答になっていないと感じていたことを思い出しました。

知性や教養といったものは知ったからといってどうなるものでもない。
ましてや、大学合格を果たした後であれば、得たものは水に流すというこの国において、
一過性の知識などは何の役にも立たない。そう思えてしまうのかもしれません。

ただ、自分の中では「知識(学術的なこと以外においても)は生きるために必要なことではない」という定義があります。
「知識というのは豊かになるために必要なことである」と考えています。

最低限度の生活を営む程度であれば、そんなに知識は必要ないでしょうし、むしろ知らない方が純粋に楽しめることが多いような気もします。
教養は自分自身、さらには自分と関わる人たちを豊かにするためにあるものであると考えています。
よく耳にするのが「そんなことを知らなくても困らない、生きていける」というフレーズです。確かにそうかもしれません。
ただし、残念ながら知識を蓄えていないのはもったいないということです。
いわゆる考える基礎力はあったとしても、考えるのに必要な材料、ものを知らない人はそもそも「考える」という行為自体が無意味ではないかとも考えてしまいます。
考えるための材料を、たくさん集めるという事は非常に重要な事であると思います。

同学生が連絡してきた理由は、私が転職支援をしていることを知って連絡をしてきたようです。難なく学生生活をスタートさせたのですが、どうやら社会人になって知識・教養の大切さがわかり、表層的な理解では通用しないと痛感したため、転職活動をしたいという内容でした。会社が変わっても、意識が変わらなければ、転職する意味がないことをお伝えし、改めて知識や教養を蓄え始めるとのことでした。

経済的にも豊かに、人物的にも豊かになるためには、知識が邪魔になることはないと思います。
ましてや社会人になってからは知識や教養のレベルで評価そのものが変わってしまいます。
豊かさを追求したくない人はいないと思います、だからこそあった方が良いものは、あるに越したことはないのです。
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