仕事に克つ

2013-05-28
興味深いネットのコラムを見た。

クエンティン・タランティーノ、日本では『キル・ビル』などで知られる、
細部まで作りこんだ映像とマニアックさで有名な映画監督だ。

彼のチームは撮影をシーンの撮り直しになったとき、「シーンを撮り直します。」
「なぜなら~?」とタランティーノ監督が問うと、

「映画が好きだから!」とチーム全員で答えるという。

実際の動画もyoutubeにあるということで興味の有る方は見て頂ければと思うが、
これを本心でかどうかはまた別の問題として、
自然とそのように言える雰囲気の中で映画を創りあげているのは本当に凄いことだと感じた。

楽しいとか好きと感じながら仕事をするということは、
ある程度のところまでやりきって初めて見えてくるものだとは思う。

そこに行きつくまでには非常に苦労に苦労を重ね、
時に悔し涙しを流しながら、自らの不甲斐なさに絶望しながら辿りつくものでもある。

経営者の方々とお話をしていると、本当に楽しんで仕事をされている方、
ある意味割り切って仕事をされている方と色々な方がいる。

経営者の方に限らず、ビジネスマンとして仕事をしている以上、
「仕事が好きか」「楽しんでいるか」は非常に悩ましい問題で、
明快な答えを常に持てるものではない。

日常に忙殺されながらも、ふとした瞬間に自分の仕事の価値や、周囲に与えている影響などを自問自答しながら、
もっと努力をしなければと、時に自分に鞭をいれ、
意外と頑張っているなと、自己満足に浸るときもある。

きっと「好きを仕事に」「仕事を好きに」このような問いかけは、
働く者として常に答えの出づらいもので、
今日も明日も考え続けることに価値があるのかも知れない。

そして何より大事なのはそれを分かち合える仲間と共に仕事をすることではないかと思う。

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自己研鑽のススメ

2013-05-23
最近、自身のバリューを高めようと社外勉強会などに参加されている、というお話をよく聞きます。
弊社も前回マネジメント研修や英語研修なども実施しており、
「働き方」のご提案をご参加者様に対してお話させて頂いております。
昨今の企業基盤が緩んでいるせいか、自身が名実ともに「自立」することを意識して、
会社に寄り掛からなくても生きていけるように研鑽に励んでいるようです。
自身を高めようとする動き・考え方、大変素晴らしいと思います。

ただし、中には「将来が不安だから勉強会に参加する」という方がいらっしゃいます。
少し考えて頂きたい。
今やどこの会社も盤石な布陣を構えていることはなく、従業員一人一人の英知の結集が必要とされている状況であり、また会社もそういう社員に期待しているからこそ雇用しているわけです。
会社にいながら、将来が不安だから自分だけ助かるために勉強会に参加するということでしょうか。
実に背任行為ですね、会社からすれば堪ったものではありません。
自己研鑽は大いに結構ですが、それは現職の業務に使えるからこそ意味のあるものであって、
自らの将来的な保険のためではないという理解が非常に低いように感じます。
これでは企業の競争力は低下の一途を辿ることになってしまいます。
本来あるべき姿が、その実会社を裏切るようなことになっているのです。

将来に不安を覚えるのであれば、眼前のミッションを120%クリアすることが先決ではないでしょうか。
社外の活動は現職内でのパフォーマンスが認められてから実行することが前提です。
自身の将来に対する保険をかけても、逃げでしかありません。

自己研鑽を咎めているのではなく、問題なのは目的意識だということです。

今一度、自身の立ち位置を見つめなおし、会社を好調にする・社会を復活させるという気概を
一人一人が持つ時代なのではないかと強く感じます。

そんな理念を今までもこれからも投げかけていき、自らも壁にぶつかりながらも
研鑽としていきたいと考えています。
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常勝思考

2013-05-17
連休中、実家に帰省し、父と久々に将棋を指した。
仕事にも通じるのではないかと思い、最近、通勤電車の中で、先読みのため、詰将棋を解いている。
そのせいか、駒落ち(ハンディキャップ有り)とはいえ、今までの人生の中で、最も善戦した対局になった。

柔道でいうところの細かい「崩し」をお互いに度々仕掛け、
それがどれも小気味よく決まるという、面白い展開になった。
お互いののど元に刃を突きつけるようなスリリングな局面になったが、僅差で勝ちが目前と思われた。
三十数年の人生で、六枚落ちで、初めて父に勝てる。
緊張して、手に汗がにじみ出る。手を思わず握った。

そのとき、父は私の陣地に深く踏み込む手を指してきた。
この二十年以上、何百局と指してきた中で、父は、いつも、鋭い手を放ってきた。
父は、自分にとっていつも畏敬の念を抱く存在であるとともに、脅威だった。
この手を無視しても、一手差で自分が勝てる気がするが、放っておいたら、どうなるのか。
背筋に寒気を感じる。
自分の玉将が危ないと思い、対処していると、いつのまにか、するりと勝ちをさらわれてしまった。

感想戦をすると、やはり、最後の数手まで、父は敗勢だった。
問題になった上記の手を無視して、私が相手の方に踏み込んでいれば、勝ちをものにしていたようだ。

ここから学んだ教訓。
相手の方が強いからと言って、呑まれてはいけない。
棋力で負けているのは仕方ないが、気持ちの上で負けていては、勝てるものも勝てない。
やはり、勝負事においては、たとえ相手が格上でも、相手に呑まれるのではなく、まず相手を呑む気迫が大事だ。

仕事を含め、万事に共通するルールとして、以後、徹底していく思いを新たにした。
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「映画 舟を編む」を見て

2013-05-14
『舟を編む』という映画を観に行った。
芥川賞作家の同名小説を映画化したもので、あらすじは、下記のようなものだ。

文系院卒、読書が趣味で、非常に内向的な男性が、出版社で営業として働いていた。
いわゆる対人適性に難があり、ろくに仕事にならず、上司に叱られる毎日だったところ、
同社で鳴かず飛ばずの部署である辞書編集部から声をかけられた。
主人公は、周りの助けもあり、そこでずば抜けた適性を発揮し、辞書編さんに執念を燃やす。
そんなとき、彼は人生で初めての恋心を抱く。気になる人にぎこちなくしか接することができず、
どうなることかと思われるが、恋の行方は……、という話だ。

私も、人付き合いが決して得意というわけではなかった。
しかし、「おもてなしの精神」が肝心要で、人と接するサービス業である今の仕事と出会って、だいぶ変わった。
だから、映画を観て、主人公をかつての自分と重ね合わせて、共感する思いだった。
映画の中で、主人公は不器用ながら成長し、仕事に情熱を燃やす。
朴とつでも、自然に人と接し、自分の思いを人に伝えることができるようになっていく。
心を打たれた部分の一つだ。
私の恩師の言葉で、今でも心に残っていることの一つに、
「魚は鳥にはなれず、その人はその人自身にしかなれない」というのがある。
まさにその通りで、実際は空を飛べないのに、周りのスター的存在に似せて、無理に飛ぼうとしても仕方ない。
映画の主人公は、実直に仕事をこなす中で、自分に自信をもち、仕事に信念を持ち、成長していく。
決して弁が立つわけではないが、愛される辞書を作りたいという、内から湧き出る思いを、
人に伝えられるようになっていく。そんな自分を支えてくれる周囲に、主人公は感謝し、
周りはもっと支えてくれるようになっていく。

無理に背伸びせず、自分の持ち味を生かしていく。
苦手な部分を支えてくれる周囲に、どう貢献するかを考え、行動していく。
そんな人生の教訓を読み取った映画鑑賞だった。
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