「現代のコミュニケーション」

2013-04-19
SNSが世の中に浸透し、しばらく経つが、次第にストレスを感じるようになる人が多いという。
女性の約7割弱が何かしらのストレスを感じているようだ。なんとも高い割合いである。
その理由としては返事が来ない、「いいね」をやってくれない、おかしな書き込みをされた、
誕生日に年齢をばらされた、等が代表的な理由である。
知人の女性に「なんでiPhoneにしてるの?」と聞いたところ、「SNSを常にチェックするから」とのことである。
完全にSNSに依存しているのではないかと感じた。
Aさんとはaの話題、Bさんとはbの話題、Xさんとはxという軸の話、Yさんとはyという時代の話、等々、
相手によって出す自分も変わるだろう。それを一まとめにして情報を垂れ流しているのがSNSである。
Aさんのページを開くと、よくわからないc,d,e,f,gの話が載っていたりして、見たい情報aについてはごく一部である。
そしてaに辿り着くためにだけその他の溢れんばかりの情報をチェックしなくてはいけないことになる。
もちろん、実はc,fの話も面白そうだとか、そういった広がりに期待しているのかもしれない。
しかし、数百人に及ぶ友人の情報すべてを毎日チェックすることにどれだけの意味があるのだろうか?

人間、やはり「対面」でのコミュニケーションが大事なのではないかと思う。
たまたまそのタイミングでその人に会うことには、実はすごく大きな意味があったりする。
一言一言の裏に実はそのときの自分が必要とする情報が隠れていたりする。
人は人と会って、無意識のうちに相手に必要な情報を提供することがある。
なので、私は基本的に、普段会える人にはSNSをお断りしている。
すべての情報を知りたいのではなく、その会った時の会話の弾みを期待している。
想像力を働かせ、相手から本人も気付かなかった見えない糸口を引き出したりする。

我々の職も、面談からその人の個性を導き出す、会話の間に滲み出ている感情を心の耳で聞きとる。
SNS上での情報を人事の参考にする企業もあると聞くが、いささかデジタル過ぎるのではないかと感じる。
表面的な事実からはわからない深くまで洞察すること。

その人の人生を方向付ける転職という大きな決定、より彼/彼女の本質に近い職に巡り合えるよう、
できる限りのお手伝いをしたいと思う。
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少年よ、大志を抱け

2013-04-10
先日の新聞で、現在の高校生の6割が「留学したくない」と考えていることが文科省実施の調査で分かったと掲載されていました。
私自身は高校時代に留学を志し、以前の職場では高校生留学を支援していたので、
何だか残念な想いを抱き、記事に目を通しました。
その記事によると、語学力や留学費用を懸念している為、留学に消極的になっているそうです。
その為、自治体によってはグローバル人材を育てる為に、留学費用の支援制度を設けるなどして、
生徒の内向き姿勢を打破しようと躍起になっているとのこと。

留学を諦めざるを得ない理由の多くは金銭的に難しい場合である為、
支援制度が充実することは海外を目指す若者を増やす一手になると思います。
しかし、金銭面の援助だけでは、もともと留学をしたいと思っている限られた人数を増やすだけに止まり、
潜在層を増やすことにはならず、そもそも、留学の大きな目的の一つになるであろう
「世界に興味を持ち、挑戦する」という想いを生むことに繋がらないのではないだろうか。

若者が世界を志すためには、あと2つの要素が必要だと個人的に思っています。
①世界との接点
②想像が出来る現実ではなく、想像もつかないことを楽しめる勇気と行動力

見たことのない風景や、自分とは全く異なる文化的価値観を持つ人たちがいること、
言葉が通じないけど何となく意思が通じたという経験、
そういう小さな興味の種を小学生や中学生の頃に蒔くことだと思います。
自分には遠いと思っていた存在が、より近くに感じることが出来るようになり、
小さい頃の「感動」が、青春期になると「憧れ」になり、留学を意識するきっかけになると思います。

そして重要だと思うのは、社会や他人が引いてきたレールよりも自分はどうしたいのかと観点を変えて
考えてみることや、「みんな」というレールから一歩外れてみる勇気だと思ってしまうのは間違いでしょうか。

最近の新卒採用の傾向にもあることですが、一生働ける安定感がある会社を求める人が多いようです。
(何と、新卒生の6割は一生1つの会社で勤めあげたいと思っているそうです)
大切なのは「安定」なんでしょうか。今や、安定が保証された会社なんてないのに、、です。
日本ではまだ転職回数は少ない方が市場価値は高くはありますが、
今の時代、仕事は「何をするのか」ではなく、「どうやるか」の方が実は重要なのです。
「どうやるか」は自らの意思なくして、存在しません。

そう、自らの意思を持つことこそが、大切なのではないでしょうか。

想像が出来るリアルな現実を目指すのではなくて、自らの意思で自らを想像・創造する力こそが
現代の若者が手にすべき力なのかもしれません。
意思を持てば、留学も1つの手段として実行に移せる人が増えるのではと思います。

Boys and Girls, be ambitious!
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欠点

2013-04-03
職場でも、社外でも、いつの時代も、人間関係は、最も重要な事のひとつだと思う。

「自分のこんな欠点が嫌なのに、直せなくて、また人に迷惑をかけてしまった」
と自己嫌悪に陥ったことや、周囲の人のこんな点が嫌で鼻につく、
という思いをした経験は、誰にでもあるのではないのだろうか。

しかし、これは、経験上、生きづらい。
そう思っていたある日、50代半ばの方で、
キャリアの集大成を迎えられようとしている方にお会いする機会があった。

年月を経て培われた柔和な表情が魅力的で、
この方の部下になりたいと思うビジネスマンは
一人や二人ではないだろうと容易に想像できた。

冒頭のように、自分や他人の欠点が目につく、というお話をこの方にすると、
下記のようにお答えになったのが印象的だった。

「自分も若いころは、よくそう思っていました。
だから、人に厳しく、ツンツンして、近寄りがたい雰囲気だったと思います。

でもあるとき、思ったのです。自分は、人にも自分にも求めすぎなのではないか。
もし完全無欠の人がいたら、窮屈で、親しみもわかず、近寄りがたいのではないかと。

誰かに欠点があるから、周囲がそれを支える。支えられたほうは、別の形で、それを補う。
そうして、社会も組織も成立しているのではないか。

そう思うと、「欠点は人を結びつけるために存在しているのではないか」
と思うようになったのです。

すると、人に求めることも減り、自分が欠点を持っていても、負い目に感じるのではなく、
「別の形で周囲に恩返ししよう」と自然に思えて、楽になりました。」

以上の話を伺い、はっと気づかされるものがあった。

「自分の目の中の丸太はわからないのに、なぜ他人の目の中のおがくずは許せないのか」
ということわざがあるそうだが、自分は人のあら捜しばかりして、
心の乾いた人間だったと、恥ずかしく思う。

上記のように鷹揚に構えれば、周囲も自分も楽になるに違いない。

なお、先ほどの方だが、部下の欠点で、顧客に迷惑をかける点については、
周囲がはらはらするほど手荒な指導をしてでも、矯正するそうである。

それはもちろん、個人的な感情からではなく、組織人として行っていることで、
こういったけじめが、一流のビジネスマンの違いなのだと思いを新たにした。
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