サービス業

2012-11-27
「人を見て法を説け」という古い諺がある。
人に合わせて話すというお釈迦様の行為を語った言葉であり、「論語」にも同じ趣旨のことが書いてある。

私たちは、法を説くというほど大げさなことはしていないが、弊社がキャリアのご提案をするにあたっては、
相手のご関心・ご経験・お考えを思って、その方の心に染み入るような話をしたいと思うと、
おのずと話し方、たとえ話なども、おひとりお一人に対して違ったものになってくる。

その方のことを思い浮かべながらメールを書くとき、ご趣味の釣りを週末楽しみにされているだろうな、などと
あれこれ思いをめぐらせながら書くと、自然に、本題に入る前に、筆が走って、釣りの話をしてしまったりする。

今書いたことは、サービスのうちには入らないと思う。
そもそも、私たちは人材紹介サービス業界に身を置いているが、「サービス業」というもの自体の難しさがある。

「サービス」というのは、日本語にするのが難しいが、仕えるという行為であり、
「お客様のために何ができるか?」ということだと思う。

次に続く「業」という言葉は、仕事なので、「サービス業」というのは、
より高いサービスを目指すことを仕事とする、という意味だと思う。
この難しさを日々痛感しながら、弊社は人材紹介サービスをさせていただいている。

より質の高い顧客満足を目指して、自然に行動をした結果、お金を頂戴している、というのが、
人の道に沿うことだと思うし、弊社もそれを目指して、日々の業務に取り組んでいる。

ビジネスモデルとか、マーケティングとか、差別化だとかいうビジネス用語が、
何となくはやっている風潮があるが、最後に残るのは、本筋だと思うし、今日も弊社は、亀の歩みながら、
目の前のお一人に真剣に向き合い、仕事に取り組んでいく。
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習慣化しておきたい大事なこと

2012-11-27
年末が近づいてきており、サラリーマンの私達には待望のボーナスの時期がやってくる。先週末行ったお好み焼き屋にて隣の席に座っていた3人組の20代の若者達が年末のボーナスの使い道について話していた。

半ば職業病であるが、お隣さんの職業が気になり断片的な話しから各々のメンバーの職業を想像してみた。
何かしらの営業マン、公務員、アパレル系の店員であると想定された。
各々、海外旅行、貯金、年始のセールにて買いたい洋服がある。・・・
等が主な使い道のようであった。

話しの中で「お前の会社はボーナスが良くて羨ましいなぁ」というコメントが出てきた。
そのときに一人の若者が「お前は定時で仕事終わるだろ?俺は週末も忙しいんだから当たり前だよ」みたいな切り返しをしていた。
実際に週末の夜であったのにも関わらず、彼のケータイには仕事の電話が何本も来ており、
その都度「いつもお世話になっております」と軽快な対応をしていた。
ボーナスの使い道や額はともかくとして、自分達の目的の為に日々の仕事を精一杯頑張る姿勢に、好感を覚えた。

日々、様々な転職希望者の方とお会いさせて頂いているが、客観的に見たご自身の能力と関係なく
年収UPを希望される方が多いと感じている。特に20代、30代の転職者に関しては同年代の同僚や同級生等と
比較しているケースが多い。でも皆仕事の内容も違えば、働き方も違うのである。

大事なことは、自身に与えられたミッションを卒なくこなすだけではなく、
より効率的、効果的に業務遂行するためにはどうすれば良いのか?
もっと売上を上げる為にはどんな工夫をすればよいのか?という点を常に考え行動する習慣をつけることだと思う。
そのことにより会社からの評価も高くなっていくものなのだ。

若いうちは「質より量」スピードと絶対的な行動量で何とかなるものである。
やがて、思考をベースにしたスピードと行動量が要求される。

キャリアは人が作るもの!誰かが見ていて、誰かが評価してくれる。
まずは、与えられた環境での最大のパフォーマンスを!
自分自身の課題でもある。

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「気づき」についての気づき

2012-11-27
年末のお大掃除に先がけて、休みを利用し家のホコリを1つ残らず吸いだしてやろうと
掃除機を手に取った。

途中からほんの少し掛け心地に違和感を感じながらひと通りかけ終わったので、
スイッチを切り、ヘッドの部分を見てみると輪ゴムがローラーのようなものに
引っ掛かっていてぐるぐると巻かれていた。

原因はこれだったのかと思いながら、もっと早く止めて確認すべきだったなと思う。
ゴムが幾重にも絡みついているものを剥がし取り、ちょっとしたこういう違和感に
年々鈍感になってしまっているのでは無いかと考えてしまった。

一時『鈍感力』や『細かいことでくよくよするな』に代表される精神的鈍さや大らかさを
テーマした本がベストセラーになり、
感情的ストレスに多数晒されるこの情報化社会において、鈍感さというのが個性ではなく、
一つのスキルとして個人に求められる時代になってきたのかとそんなことを思っていたものだ。

もちろん、神経質が服を来て歩いているなんて言われてしまう、
典型的な小うるさいタイプの自分には関係の無いことだと思ってきたが、ちょっとした「違和感」に
気づかなくなり、というか気づいてもその「違和感」の原因を突き止めようとしなくなった自分が
いることを感じている。

これは良い見方をすれば、頑固さの角がとれ多少丸くなったというか、
自分に対しても人に対しても多くのことを要求しなくなって来たという事なのかもしれない。

些細なことに囚われずに大きな視点で物事を考えることが出来てきたというのは一つの成長だ。
ただ掃除機の吸い込みの若干の違和感に気づかなかったからといって
成長したなと褒められる由も無いわけだが。

逆に、これを自分の注意力の散漫さや気付きの欠如として捉えるのであれば
同じように周囲の人やお客様への気づきや気配りが減っているのかも知れない。

ちょっとした違和感に対する違和感という言葉遊びのようなことを連々と書き続けてしまったが、
師走に向け、忙しさに我を亡くさぬよう自らの在り方を問い続けていきたい。
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相互認識の大事さ

2012-11-19
最近は、「人の気持ちを理解することが出来ない人」が増えているそうだ。
私もお客様や周囲への気遣いや心遣いを心がけているが、“ついつい”ということも
少なくないので反省すべきなのだが。

先日、幼稚園の園長をしている友人と話をしていて、なるほどと思うことがあった。
小学生になるくらいまでは、子供は自己の認識と他人の認識に区別がつかないため、
他人の気持ちを考えることが出来ないらしい。それが良く喧嘩の原因になるようだ。

例えば、鼻水を垂らしている子供とそれを見かけた子供がいた時、
鼻水を見た子供の方は親がしてくれたのを真似して「自分が鼻を拭いてあげよう」と良かれと思い、
ティッシュを持って鼻水っ子に近づく。一方で鼻水っ子は自我が芽生え「自分でやりたい」と思っているので
「やだーっ」ドーンっと相手を突き飛ばす→泣く。ということとなる。
両者とも相手がどう思っているかは理解できないので、「なんで」「なんで」のぶつかり合いで、終いには喧嘩になるらしい。

そういう場合は、「○○君が嫌がっているでしょ、やめなさい」とどちらかをなだめて喧嘩を制するのではなく、
正しい教育としては、「○○君は自分でやりたいんだって」と「○○ちゃんは○○くんが苦しそうだから、
お鼻を拭いてあげたかったんだって」と双方の気持ちを双方に教えてあげることだとか。
そういった相手の気持ちと自分の気持ちが違うことを理解する教育が施されないままだと、
「良かれと思って」という悪意のない「相手の気持ちが分からない」行動をとってしまう人になる傾向があるらしい。

どんな仕事でも、誰かしらのことを考え・想い浮かべながらすることばかりだ。
例えば、私たちが特化している消費財業界では、消費者のことを考えないと良い商品は出来ないし、売れない。
B2B業界においても、その製品を使う企業や人、使用される国のことを知らないと出来ない。

市場調査等、定量的に図ることもできるし理論的なマーケティングは必要だが、
実際大切なのは、使ってくれる人に「喜んで欲しい」というシンプルな想いをもとに思考錯誤することのように思う。
お客様に限らず、「こうしておいたら、営業の人たちが売りやすいだろうな」とか相手に対する思いやりこそが、
ビジネスを生みだす力となることが多い。

私は商品企画やマーケティングの方々を担当することが多く、可能な限りその人が作った商品を店頭で見て、
買って、使ってみることにしている。何にこだわって作ったのだろう、
どんな想いでパッケージを作ったのだろう、どんなことを伝えたかったのか裏面の注意書きまで読むようにしている。
そうすることで、少しでもその人の想いを理解し、企業を紹介する際に、双方の想いがマッチするように心がけている。

恋愛のように相手の気持ちが理解不能なこともあるが、日々の心がけで、相手の気持ちを理解する訓練をして、
仕事以外の実生活のコミュニケーションにも役立てたい。
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過去でも未来でもなく、やっぱり「今」

2012-11-19
男性の場合、おしゃれだとかファッションだとかへの興味関心は
人によって差が激しく、ほぼほぼ二極化していると思う。
普段スーツでバシッと決めている上司のオフの姿を見て驚愕する…
なんていうことはざらで、年齢が高くなるにつれてさらに
無頓着指数は高くなる傾向が強い。

自分はというと、若いときはとにかくおしゃれをするのが一番の
趣味だったが(ニーズがあったかどうかは別として)、今は無頓着領域に
片足を突っ込みつつある状態といえる。年を重ね、体型も変わり、
自分の服より子供の服をという思考になってからさらに加速化している。
にもかかわらず、愛着のある洋服は今でも捨てられず、何年もタンスの肥しになっている。
そんなことを考えていた際、少し前に流行った断捨離という言葉を思い出した。

すでに一過性のものではなくそこそこ定着した感のある言葉だが、
一般的には「ものを持ちすぎることで何が本当に大切なのかという
本質が見えなくなるので、まずは身の回りの整理整頓、それが最終的には
心や思考の整理につながる」という考え方と定義されているようだ。

キャリアについても同じようなことが言えて、他者との比較や周りの
評価のみに焦点を当てると、本当に自分がしたいことは何なのかが
見えづらくなり、結果としてあれもこれも考えすぎて袋小路にはまってしまう。
これはお客様との面談の際にも結構耳にする話だったりする。

いわゆる「平均値」が明確であり皆がその方向を向いている時代であれば、
他者との比較や評価を気にして生きていくというのも一つの成功パターン
だったと思うが、今は少し前の常識や希少性がいきなり陳腐化してしまう時代。
そのパターンはすでに通用しないなら、一度しかない人生、思いきり
自分本位で打ち込んでみるのがよいのでは?とお客様にはよくお話しする。

実際、そういう思考で「今」の仕事やキャリアを大切にしている人は、
自分の売り方や他者との差別化を明確に意識しており、それが転職の突破口となるケースが多い
(そもそも現職でも不可欠な人材となっている可能性が高い)。
その意味で、断捨離の概念は、「なんとなく」とか「とりあえず」とかいう
あいまいな状態を良しとせず、誰かが用意してくれる未来ではなく自分で
判断して選択していくという思考なので、現実の世相ととても相性のよい考え方であり、
今の中途採用市場で必要とされるのはこういう思考ができる人材なのだと再認識した。
改めて断捨離思考を自身の業務にも関連付けて、「今」を大切にしたキャリア考察の一助とすることにした。

…だけど、
私の愛すべき洋服についての断捨離はもうしばらく先送りすることにした。
ロングブレスダイエットに見事成功し、来年再び袖を通せることを信じて。
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脚下照顧

2012-11-19
良く聞く言葉ではありませんが、非常にアナログかつ大切な言葉です。

現在日夜、様々な方と転職に対するお話をさせて頂いておりますが
転職にかける希望や思い、欲求など本当に十人十色です。
一つとして同じような方はいないのでしょう。

もちろん、ご相談頂いた方々に対して希望条件を満たす、あるいは近づく求人案件をご紹介していくことが
我々の事業となっているのですが、必ずしも転職をお勧めするということではありません。

まずはご相談にこられた方々のお話を真摯に拝聴致します。
それから転職先企業に対する希望や思いを続けて確認することが多くなります。
ここで問題なのは表題の言葉です。
日々の行動の振り返りをすることなく現職に不満を募らせて、転職先に有らぬ期待を持つ方がいらっしゃるのです。

そういったケースの場合、弊社ではまず振り返りを提案し、現職で出来る事を真剣に考えて頂くことにしております。
現職での振り返りを行わず転職しても、おそらくは転職を繰り返す事になると思います。

当ブログで何度も申し上げているのですが、転職はいたずらにしないに越したことはありません。

実際にお話させて頂くことで、転職を考え直す方も多くいらっしゃいます。
ご自身をしっかり見つめ直し、転職の動機を再度整理し、現職でやりきっているのかという点に言及して頂ければ、
自ずと転職に対する期待値も変わってくると思います。

つまり、ご自身のキャリアは会社を変えることだけで形成されるわけではないということです。
まずはご自身の働き方、過ごし方、力量、職責などを相対的に勘案し、
転職しなければ解決しない問題なのかどうかを今一度ご確認頂く事が重要です。

もちろん、弊社は皆様のキャリア構築に最大限尽力させて頂きます。
自らを今一度振り返り、一緒に最適なキャリア構築の実現を考えていきましょう。

我々も、常に足元チェックをして、振り返り精進して参ります。
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