人間関係はお節介な位がちょうどよい

2012-02-27
この間、とあるドラマを見ていて、心に残ることを言っていた。
「人間関係なんて、お節介な位がちょうどいいんだ。」
その通りだ、と思った。

私もある意味、若者の部類(自称?!)に入ると思うが、隣人がどんな方かも知らないし、
海外での生活も長いせいか、良くも悪くも「そういう人もいるよね」って他人を受け入れる習性があった。
受け入れるというと聞こえがいいが、要するに「自分には関係ない」と場外に置いてきた人間だった。
しかし、この仕事に就いてから、職業柄、多くの方と深く関わることが多くなった。
担当させて頂いた方のキャリアアップとか、仕事を探すことだとか、目先のゴールだけを見るだけなら、
「他人は他人、自分は自分」でもやっていけるものだと思う。
実際、前職までの自分はそうだったかもしれない。
その時その時で真剣に向き合ってきたつもりだったけど、今の会社でやってみて、少しずつ考え方が変わって来た。

「この人に本当に必要なものは何か」をもっと真剣に考えるようになった。
そうやって考え抜いた結果、時に転職を留まることだったり、本人が思っていた仕事ではない時もある。
更には、その人にとって本当に必要なものは、仕事以外の場合もあると思う。
そう思ったことを本人へ伝えるようにしている。
しかしながら、私の考えを押し付けるという訳にはいかないから、最期はご本人の判断に委ねる。
人生の決断をするのは、自分自身でしかいないからである。

しかし、その選択肢のひとつに入れてもらえることでも良いので伝えたいと思う。

あえて言うなら、お節介なんて、自己満足とも言えるかもしれない。
だけど、偽善ではない。
お節介をするほどに、他人のことを考える世の中も悪くない。
だから、最近の私は、お節介をすることを惜しまないようにしている。
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無用の用、細分化の効用

2012-02-21
先日受講したセミナーで、意味のない下記の18文字を1分で覚える、という演習があった。
①「あんんでいさかでなきだぶのいきじえみ」(意味はない)
通常はこれを一分で覚えることは出来ない。
しかし、
②「みじかいぶんでさえあんきできないのだ」(短い文でさえ、暗記出来ないのだ)
同じ18文字でも意味を成す言葉は覚えられる。
何事も意味づけが明確でないと覚えられないものだという様な内容だった。

そんな中で、上記の①の意味不明の18文字を暗記出来た参加者がいたので、
どうやって覚えたのか聞いてみた。
全く、②と発想は同じで下記のように、意味のある文字列に分解しているとのことだった。

あん:餡
んで:「~ので」
いさか:伊坂(名字)
で:助詞
なき:泣き
だぶ:「ダブル」の「ダブ」
の:助詞
いきじ:「生き字引き」の「生き字」
えみ:笑み

この強引なまでの記憶法が役に立つかどうかは別として、ひとつの事に気が付いた。
こんな暗記を日常生活で行う機会はまずないが、下記のように自分の仕事にも生かせると思った。

1.できなさそうな仕事があったら、できそうな単位まで細分化する。
2.意味がないと思う作業があったら、自分で意味をつける。
  例:切手を貼る作業が多かったら、美的感覚を磨く機会と思い、
  「いかに美しく封筒の縁に平行に貼るか」に挑戦する。

出来ないことを出来るようにし、無意味の中に意味を見いだしたら、
仕事がもっと楽しくなるかもしれない。そんなことを思った。
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三角運動のススメ

2012-02-20
大人になってから、トイレットペーパーの先端を三角折りにされているのを目にすることが
あまりないと思いませんか?

ある日、会社のトイレに入った時に、トイレットペーパーの先端が三角に折られていた。
最初は何て事もない出来ごとのように思えたが、
実際に、そのトイレットペーパーを使う状況がやって来たときに、非常に感動した!
普段は、ペーパーホルダーが重く、ペーパーの切れ目を見つけることにもひと手間がかかるのだが、
三角の頭があるおかげで、トゥルトゥルトゥル~っと、簡単にペーパーを巻くことが出来たのだ。

何て言う事のないことなのだが、
誰かの「何気ない心遣い」に、とても感動した。

心遣いや努力って目に見えないから、尊いものなのだ。

顔も知らない誰かの為に、少し「あっ。」と小さな感動と「良かったな」が与えられたらいいなと思い、
その日以降、私も自分がトイレを出る時には、トイレットペーパーの先端を三角に折るようにしている。
そして、いつか誰かが私と同じように感じ、三角に折ってくれたらもっと嬉しい。
そうやって、心遣いの連鎖が起こり、小さな「思いやり」が生まれるといいと思う。
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ベーシック・・

2012-02-17
いま、結構話題になっているのが「ベーシックインカム」という言葉。
おそらく初耳と言う方はいないと思います。
賛成・反対、それぞれの意見を耳にします。

就業意欲(意義)の根源の一つにあると思われる「賃金」について、
労せず、生活最低基準のお金を得ることが出来た場合、就業意欲はどうなるのでしょうか?

超高齢化社会、大きな自然災害の渦中にある日本においては、収入は多くないけれど、社会的意義、社会貢献が高い仕事に就いておられる方には良いのかも知れないですが、それ以上に、業界の給与水準を上げる施策を考えることの方が重要度は高いのではないかと言う意見があったりと、まだまだ、議論の余地はあると思います。

個人的には、ベーシックワークというのが、良いのではないかと思っています。
国民が生活するための最低限の収入を得る仕事を国が提供するということです。
行政の仕事を自治体で行い、直接雇用することで、就業環境を提供し、雇用創出を生み出すような事の方が、
正しいのではないか?そんな風にも思える。

色々と物議を醸す内容であり、今後の日本の労働環境を根源から変革する内容であるがゆえに、
ぜひ慎重に考えて頂きたいと思います。
とはいえ、色々と現行の制度にはガタが来ているのですから、そろそろ変革時なのかもしれません。

弊社も、あらゆる流れの中でも生きていけるよう、変革を常に謳い続けていきたいと思います。
いつの時代でも、必要なのは人材の基本的な(ベースとなる)力なのですから。
ベーシック・・、何を基本とするか、どこにフォーカスを合わせるのかが難しい時代です。

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32時間

2012-02-17
あるサイトを見ているときに「時間の感覚に関係するアンケート」というものが
目に入った。私は変な安堵感を覚えた。内容はこんな感じだった。

1日の時間を増やせるとしたら、あと何時間欲しいですか?という設問に対し、
東京在住の100人のビジネスマンを対象とした平均は+8時間32分であった。
平均ということを考えると数字にかなりの偏りがあると思われるが、1日に32時間あるというのは有難い話ではあるが、
そういう感覚の人は私も含め、32時間あっても、やはり足りなくなるのではないだろうか?

時間の使い方が下手な私は、自分と同様に時間を欲しがっている人達が沢山いることに妙な安心を感じてしまったのである。

夢うつつの中、一日は残念ながら24時間。現実は厳しいのである。
そうなると、「業務の効率化」が余儀なくされる。

日々、上司から指摘される時間の使い方である。
明らかに無駄が多いのは、自分が一番、解っている。
以前は何が無駄なのか、考えようとさえしなかったことからすると、
作業効率の改善はまだ出来ていないものの、
何が無駄なのかを把握出来、削減できるようになった。

最近は、業務にゴールを設定し、いつまでに何をどこまで終わらせるといったような逆算をするように心掛けている。
もちろん自分のペースで全て完結出来るわけでもなく、
大幅に時間をオーバーすることもあるが、確実に大きな無駄は減ってきた。

その結果、週に1.2度は時間の確保が出来るようになった。
今はその時間を有意義に使っている。

私もまだまだなのですが、「業務における時間の圧縮」ということの重要性を
少しではあるが、解ってきた気がする。今日はバレンタインデー。
時間は確保できたが、チョコレートは確保できていない。
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パラレルキャリア

2012-02-06
本日の日経新聞で別の自分は社会活動家、パラレルキャリアの実践についての記事があり、
興味深く、読ませてもらった。
弊社においても、このような類の相談をよく受けるし、弊社のセミナールームで似たような事を
実施させて頂いている。現在のキャリアとは全く関係の無いものだったりもするのだが、
新しい感覚や環境を知ることで刺激を受けたり、新しい気持ちで現業に精力的に取り込めるように
なったと言うのを耳にする。

弊社での取り組みとして行っているのは、その道のスペシャリストが行う勉強会や
研修に参加する形のものだけではない。未経験主催者の提案をお待ちしている。
自分が得意なこと、よく知っていることを人に伝える経験をしてみたい方々が、
見知らぬ方に伝えていくことで教える事や経験したことのないことを実体験できるものである。
現在は、『こういうことがやってみたい』という想いに対して、弊社登録者の方にお声掛けして
参加してもらっている。美味しいコーヒーや紅茶の淹れ方、華道、茶道、インド哲学勉強会から
コミュニケーションスキル向上研修会や本格的な仕事を行う上での物事の考え方などの実践まで、
様々な分野で行っているが、非常に好評で新たに趣味や考えをお持ちになることとなった方も多くおられる。

今は、フェイスブックやブログで個人間の情報のやりとりが頻繁になされ、
アナログで人と会うことが少なくなった。しかし、現在、開催させて頂いている数々の趣味や
勉強会の集まりを通じて、主義主張を行ったり、自らが企画して人に話を聞いて
もらったりするという経験を通じて、徐々に『開示力』というものが生まれ、
大事な何かを感じ取って頂けているような気がする。ある種のソサイエティーが生まれ、
開催後の反省会(!?)のようなもので意見交換する中で、「次は私がこういうのをやってみようかなぁー?」
「是非、聞きたい。」などというように、昨日までは全く知らなかった新しい仲間との新しい発見や
出会いがあったりするのである。

こうした活動は、我々のビジネスに直接つながるものでは無いかも知れない。
しかし、こういう活動を通じて、働き方や考え方が少しでも変わる一助となれればと考えている。
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